誇り高き「消防」 火を消すだけに留まらないその役割とは。

誇り高い仕事「消防」 日本ではあまり知られていない

―消防について、海外と日本との違いは。

特徴的なのは、ペットや家畜など動物の救出にも積極的である点だ。日本ではペット救出はあまり一般的ではないが、欧米ではペットを助けるのは当たり前。大型家畜を助ける救助機関も消防と別にあるほどだ。

火災現場でペットを救出したドイツの消防隊員

欧米では、人を助ける消防官は誇り高い仕事として尊敬されている。親子3代、4代で消防官というのも珍しくない。ウィーン消防局の友人ヴァルターは、自分の親だけでなく妻の親も消防官だった。ちなみに二人の息子も彼の後を継いで消防官だ。

日本では、あまり消防がどんな仕事をしているかよく知られていないと感じる。警察と比べればドラマなどフィクションへの露出も少なく、そもそも日常で一般人と交流する場もあまりない。そのためか「火事のない時は暇でしょ」と言われることもある。皆さんに関心を持ってもらえるよう、私たち消防OBも含めて伝え続ける努力や工夫が必要だと感じる。

有事の際に民間を守るのはだれか。消防は民間防衛の要。

―海外では有事の際、消防組織が民間防衛の役割を果たしていると聞いた。

私は1986年(昭和61年)、東京消防庁の海外研修生として当時の西ドイツ(東西に分断されていた)と英国に派遣された。両国において、私の研修課題ではない「民間防衛」の話が出た。当時は東西冷戦の最中だったので、彼らの関心事は武力攻撃事態への対応にあった。ドイツのフランクフルト消防局長は、特に熱心に民間防衛の重要性と、その仕組みを説明してくれたが、当時の日本には有事法制もなく、私自身も「戦時下の消防機関の民間防衛について」は全く無知だった。また、当時のロンドン消防の正式名称は「ロンドン消防・民間防衛局」が正式名称であった。その名称からも理解できるように、消防は民間防衛の要であった。

民間防衛は、平時の大災害や武力攻撃等の有事における国民の生命と財産、公共財の保護のための一連の活動だ。英国やドイツなどの消防機関は有事の際、軍や警察、あるいは民間の防衛組織などとも連絡調整を図りながら、発生した火災の消火活動や要救助者の救出活動、負傷者の救護などの活動を行うことになっている。状況によっては、消防が軍や警察などを指揮する場合もあれば、逆に軍や警察の指揮下に入ることもある。

ウクライナの民間防衛隊についての情報は持ち合わせていないが、旧ソビエト連邦の構成国の一つとして、消防組織には民間防衛の機能が備わっていると思われる。また、都市の地下にも巨大な核シェルターが多数存在しているようだが、かつてソビエト連邦の一部であったウクライナで、現在はロシアの攻撃から身を守るために使われているのだから皮肉なことだ。

日本では、2004年(平成16年)6月に国民保護法ができたものの、「民間防衛」という社会的なシステムまでは構築されていない。同法とそれ以前に制定された「事態対象法」が有事法制の柱であり、国民保護法では「武力攻撃事態等」として、「着上陸侵攻」、「航空攻撃」、「弾道ミサイル攻撃」、「ゲリラ・特殊部隊による攻撃」の4類型が示されている。一方、事態対処法では、このほかに大規模テロ等についても「緊急対処事態」として武力攻撃事態等に準じた対応をとることになっている。

国民保護法では武力攻撃事態等に備えてあらかじめ政府や自治体が定める基本方針や、国民保護の計画の策定や避難・救援に関する国民の協力を要請する内容となっている。ここには「民間防衛」と言う用語は一切使われていない。

拓殖大学の濱口和久教授によれば、欧米などでは総合的防衛の観点から、「軍事防衛」「経済防衛」「心理防衛」のほかに「民間防衛」の4つの防衛が支柱となっているという。「専守防衛」を国防の基本方針とする日本は、武力攻撃事態となれば日本列島そのものが戦場となってしまうが、具体的な「民間防衛」の体制はぜい弱そのものである。シェルターもなく、国民の意識も希薄な状態であり、行政機関の職員自身も「民間防衛」について十分には理解していない。

民間防衛の先進国はスイスだ。スイスは武装中立の国であり、平時から戦争や武力攻撃等に対応できる備えと計画、教育訓練、民間防衛のシステムが構築されている。私自身の友人がスイス陸軍の消防司令官をしている関係で、具体的な事例を聞く機会も多い。日本では、有事法制化はされたものの「民間防衛」というレベルからは程遠い実態があり、しかも「民間防衛」という言葉に抵抗感をもつ人々が多いのかもしれない。しかし、社会全体に「民間防衛」の仕組みがないことが、いずれは問題になるかもしれない。

放水するスイスの消防列車