
テロに正当性与える
「昨年の安倍元首相の暗殺事件があって、あの報道の在り方もどうかなと思っていた。一部で容疑者をヒーロー視するような報道があった。今回の場合は、動機はまだ分からないが、それが第二の事件につながってしまったんじゃないかな」
岸田文雄首相襲撃事件から2日後、朝のワイドショー「めざまし8」(フジテレビ)に出演した社会学者・古市憲寿氏はこう発言した。安倍晋三元首相の銃撃事件から1年も経(た)っていない。二つの事件とも選挙遊説先で起きている。木村隆二容疑者は、安倍氏と旧統一教会が「癒着していた」と非難していたことも分かっている。まだ不明な点が多く、襲撃事件は山上徹也被告の「模倣犯」と断定するには早いが、安倍氏銃撃事件に刺激されたとみて間違いない。
テレビ関係者は「山上被告を英雄視していない」と否定するだろう。確かに、ワイドショーのコメンテーターたちは「英雄」と呼ぶことはなかったろうが、「殺人は絶対駄目だが…」と前置きしながら、口にしたのは教団非難と山上被告の境遇に対する同情だった。事件の背景に母親による多額の献金問題があるとされたことで、元首相殺害事件の凶悪さとテロ対策の課題を伝え、「第2の事件」を防止するという本来の役割を脇に追いやり、山上被告を“悲劇の主人公”にし、視聴者の耳目を集めることを競ったのだ。
それによって、加害者は被害者となり、テロに正当性を与えてしまった。一方、被害者は加害者に貶(おとし)められるという逆転現象が起きた。山上被告に多額のカンパと減刑を求める署名1万筆も集まったことはそれを如実に示している。
古市氏はこうしたワイドショーの過ちを指摘したものと言える。しかし、筆者の取材不足かもしれないが、同氏がこの深刻なメディアの状況についてこれまで強く警鐘を鳴らし続けた識者だという認識はない。古市氏と同じ問題意識を持った少なからぬ識者が、お笑いコンビ爆笑問題の太田光氏のように、少しでも教団やその信者を擁護するような発言をすると、メディアから猛烈なバッシングを受ける現実を見て、発言を控えたことは容易に推測できる。



