対応厳しい中小企業
岸田文雄首相は就任以来「新しい資本主義の実現」を掲げ、「物価上昇率を上回る賃上げ」を重要な政策課題に置いた。賃上げが難しいとされる中堅・中小企業に対しては事業再構築を促し、生産性向上と一体で行う賃金の引き上げ支援を大幅に拡充するという。ここで大事なことは、こうした対策を行ったとして、中堅・中小企業の賃上げが可能なのかということだ。
日本にはおよそ360万社もの事業体がある。そのうち大企業はおよそ1万1000社。ほとんどが中小企業である。エコノミストは東京都品川区に本部を置く城南信用金庫が1月中旬に行った738社へのアンケート調査を例に中小企業の賃上げ姿勢を紹介している。それによれば「賃上げを予定している」と回答した企業は全体の26・8%にすぎなかった。また、賃上げを予定している企業の大半は3%未満と回答している。これでは、岸田首相の掲げる「物価上昇率を上回る賃上げ」の実現はほとんど不可能であると言っていい。
エコノミストは賃上げについては肯定的な論者を登場させる。「今年はインフレ率程度に賃金を上げていかないと、日本全体が沈んでいくことになる」(水町勇一郎・東大教授)、「賃金が伸び悩む中での物価の急上昇は家計にとって大きな痛手となったが、賃上げの重要性を再認識させるきっかけとなった。今回の予期せぬ物価上昇をこれまでの縮小均衡を脱却し、拡大路線へ転換するチャンスと捉えたい」(斎藤太郎・ニッセイ基礎研究所経済調査部長)、「賃上げを実現するには“物価・賃金は上がるもの”という『ノルム』(標準的相場観)への転換が不可欠」(山田久・日本総合研究所副理事長)といった論調が相次ぐ。
「格差の拡大」懸念も
しかしながら、前述したように果たして中堅・中小企業を含めてどれだけの企業が「物価上昇率を上回る賃上げ」を実現することができるのか。帝国データバンクが予測したように企業倒産の大幅増とみる方が現実的である。物価高が続く中、賃上げは急務だが、実効性のない政策はややもすると「格差のない社会」を目指す岸田首相の思いとは裏腹に賃上げによって「格差の拡大」という事態が生じる可能性もあることを肝に銘じておかねばならない。
(湯朝 肇)



