ダチョウ的独善の穴
安全保障の基本は、孫子の兵法の「彼を知り己を知れば百戦して殆(あやう)からず」にある。わが国を取り巻く状況の変化を的確に把握し、自国の国力をしっかり自己認識した上で、最悪の脅威シナリオに対応できる体制整備を怠らなければ、安全を担保できる。
だが、北朝鮮や中国の暴発リスクに対応した安保法制の整備や敵基地攻撃能力の保持を、他国の戦争に巻き込まれるとの理由で排除しようというのは、わが国を取り巻く国際環境の変化をまともに見ていないダチョウの平和論でしかない。
ダチョウは危機が迫ると穴に首を突っ込む習性がある。迫り来る怖いものを見ないようにして危機を回避したつもりになるわけだが、東京社説もダチョウ的独善の穴にはまっている。
ちなみにセミも他の音は聞こえない。ファーブル昆虫記に面白い実験記録がある。セミが鳴いているすぐそばで、「ドーン」と大砲を鳴らしても鳴きやまなかったというものだ。セミはオスが鳴いてメスを呼び寄せる。恋は盲目というが、セミの世界では難聴らしい。いずれにしても見るべきものを見ず、聞くべきものに耳を傾けないというのは、論説記者の自殺行為に等しい。
この点、日経社説はウクライナに侵攻して半年近くたつロシア軍が、民間施設も含めたなりふり構わぬ攻撃を仕掛けて無辜(むこ)の命を葬り続け、米下院議長の台湾訪問を機に台湾への軍事圧力を一段と強め始める中国の動きを総括し、「世界に平和とグローバル化の恩恵をもたらしてきた戦後秩序は、百年前の帝国主義の亡霊に脅かされている」と書いたのは、核心を突いた指摘だ。
中露に塩を送るだけ
ただ朝日社説は、力による現状変更を試みようとしている中露に対抗して「『民主主義と専制主義の闘い』と色分けに走るのも危うい。世界を二分するだけでなく、民主主義の個々の内情から目をそらす恐れもあるからだ」と書く。しかし、それではベラルーシなどの旧ソ連構成国や中国、イランなど米国と対立する国との関係強化を図ろうとしているロシアや、一帯一路関係国や旧来から関係の深いアフリカ諸国、南アメリカ諸国などとの関係強化に動く中国に塩を送るだけだ。
(池永達夫)



