東京都内の病院に勤める内科医の小出浩久さんは2009年から、カンボジアなど海外で医療ボランティアを続けている。コロナ禍の間は中断していたが、弱まり始めた昨年は2度現地を訪れた。小出さんに、同国の医療状況や海外医療奉仕を続ける意義などについて聞いた。(聞き手=森田清策)

――海外医療ボランティアを始めたきっかけは。
私が勤務する病院の医師らがかつてタイの難民キャンプで医療奉仕を行っていました。その影響で2009年から参加するようになりました。
医療活動を行う直前、首都プノンペンにあるトゥールスレン収容所跡を見る機会がありました。ポル・ポト政権下で虐殺が行われた場所です。その時、共産主義政権による虐殺の被害を受けた国のために、自分にできることがあるうちは続けようと考えました。最初の3年余りはバングラデシュでしたが、あとはカンボジア・クラチエ州のコチュレイン島(人口約3000人)でボランティアを続けています。
――医療活動は何人で行っていますか。
コロナ禍が下火になった昨年は5月と11月に訪問。5月は1人で行きましたが、11月には、私の他、精神科の医師、看護師、歯科助手ら9人と、米国から東洋医師2人が参加しました。PCR検査などで待機期間があったので、実際に活動できたのは2日間だけでしたが、約400人を診察しました。
――医療活動を行って感じる日本とカンボジアとの違いは。
一番大きいのは情報量の差ですね。日本では、テレビがコロナについて一日中さまざまな情報を流し、国民はテレビにへばり付くようにしてそれを見ていました。最新医療についても、医師よりも一般人の方が詳しいぐらいですが、ちょっと情報過多ですね。しかし、テレビの前に座り続けることは健康に良くない。それをテレビは絶対に言わない(笑)。
一方、コチュレイン島の人々は家にテレビがありません。コロナについての情報は、政府がメールで流していました。政府が必要な情報だけ伝える方がいいのかもしれませんが、情報格差も生じています。

――健康管理の面ではどうですか。
カンボジアだけではありませんが、日本のような健診制度がないので、血圧を測らないし、血糖値の検査もしません。子供の歯科検診もない。島民の中には70歳になっても島を出たことがないという人がいるのに、裕福な島民はタイやベトナムまで行って、CT(コンピューター断層撮影)やエコー検査を受けています。貧富の差が受ける医療にも影を落としています。
一方、砂糖を多量に含むエナジードリンクのような清涼飲料水が大人気です。冷蔵庫がない家庭が多いので、小売店がキンキンに冷やして売っています。若者だけでなく中高年の女性も飲んでいて、依存性が高い。男性ならアルコールに向かうのでしょうが、女性は嗜好(しこう)品のように、体への影響を考えず、ただ元気が出るものとして飲んでいるような印象でした。
そこで大きな問題になっているのが私の専門の糖尿病です。血糖値が非常に高く、インスリン注射が必要な人もいるのですが、特別な人にしか使えません。コロナ禍で、島を訪れることができなかった間にも2人亡くなってしまいました。さらに、先進国では低血糖などの副作用からすでに製造中止になった薬がメインとして使われています。
――糖尿病の他に、食生活との関わりの深い病気はありますか。
ヨード不足があるのですが、これはカンボジアだけに限らず、世界的な問題です。日本と韓国以外は、ヨード含有量が多い昆布のような海の恵みを食べる文化がありません。ヨード化塩でヨードを取ればいいのですが、それが普及しておらず、ヨード不足から甲状腺が腫れる人が多い。コチュレイン島で最も多い手術は甲状腺を取る手術です。ヨード不足を補うため、私は日本から顆粒(かりゅう)状の昆布だしなどを持っていって、食生活の指導を続けていますが、まだまだ不十分です。
――海外医療ボランティアを行うことで、医師として気付かされたことはありますか。
日本では、糖尿病になると、5、6種類の薬を処方します。一方、カンボジアでは、お話ししたように日本ではすでに使わなくなった薬を出しています。この現実を知ると、世界的には、これからの糖尿病対策はどうあるべきか、と考えずにはおれません。
もともと私は、薬が嫌いで医者志望ではありませんでした。そんな人間が医者になって薬を出すというのは自己矛盾なのですが、日本のようには薬が手に入らないカンボジアでの医療活動は、薬中心の医療を考え直す上でいろいろな気付きを与えられます。
その一つとして、和食の見直しも重要だと考えています。特に、ビタミンB群が取れるぬか漬けなどの発酵食品は優れています。しかし、日本では、漬ける人がだんだん減るという残念な状況にあります。これは何とかして変えたいですね。
また、コロナでビタミンDを多く取っている人は重症化しにくいことが分かって、その重要性への認識が高まっています。干し椎茸や切り干し大根のような伝統的な日本食品を食べる習慣のある人はビタミンD不足を心配する必要はありません。このように、和食の優れている点を見直し、日本の食のクオリティーをさらに高める努力をしながら、世界の人たちみんなが健康で元気に暮らすお手伝いをしたいと考えています。それは日本の医療費削減にもつながるでしょう。
【メモ】「医者という仕事をやっていると、日々反省の連続」という小出さん。海外医療奉仕は気付かされることが多いので若い人に勧める。還暦を迎えれば、人生、終盤に向かうと思うのが普通だろうが、本心は「いや、そうじゃないぞ」と。これまでの人生を総反省すると、やり残したことがあまりにも多く、それを踏まえてもう60年歩み続け、日本国民と世界の人たちの健康のために尽くしたい、と意欲満々だ。



