親子でUターン、Iターン おかざき農園代表・岡崎昌秀氏、 顧問・岡崎康司氏に聞く

自然豊かなリラックス人生 ブランドトマト目指す

創意工夫にやりがい、経営課題も

農業は国の基だ。グローバル社会で金さえあれば、世界中からうまい栄養豊富で美味な物がいくらでも輸入可能と思われたが、コロナ禍で世界は一変、流通はまひした。国民の胃袋を満たす農産物が身近な所で供給できる、農業の価値が改めて見直されている。埼玉県から親子で山口県岩国市にUターン、Iターンを果たしたおかざき農園顧問の岡崎康司氏と同代表の岡崎昌秀氏に話を聞いた。(聞き手=池永達夫)

おかざき・こうじ(写真左) 昭和25年3月13日岩国市生まれ。地元高校卒業後、東京で就職。埼玉県与野市市議会議員を務めた後、故郷の山口県岩国市に農業再興の夢を抱えUターン。
おかざき・まさひで(写真右) 昭和62年11月12日、埼玉県生まれ。東京経済大学経済学科卒。介護職に就いた後、父の夢を共にしようと岩国市にIターン。

――農園を始めるようになったきっかけは?

 親父(おやじ)が乳牛10頭ばかり飼っていて、田んぼも1丁5反ほどあった。

周りを山々に囲まれている由宇(岩国市)の田んぼは、大体が1反(1000平方メートル)程度と小規模で専業農家でやっていくのは難しく、働きながら土日、農作業する兼業農家しかやっていけない。

専業農家というのはハウス栽培をやらないと経営的には難しいことから、ここではトマトのハウス栽培をやっている。

秋に種をまいて、転植し冬場、石油を焚(た)いて冬越しのトマトを作り、6月いっぱいでおしまいとなる。

――どういう種類のトマト?

 桃太郎系の由宇トマトを作っている。由宇というのは、岩国市由宇町という地名からきている。

由宇トマトは約半世紀の歴史を持っているが、町がバックアップしてくれている。

由宇トマトをブランドトマトにしたいと思い、息子に農業をやらないかと誘った。

――それまで息子さんは?

 埼玉県で介護職に従事していた。

 介護職にはやりがいも感じていて、農業にはあまり興味がなかったから一度は断った。

ただ、相変わらず時間に追われ、複雑な人間関係に疲弊する毎日だった。

介護では排泄(はいせつ)物処理は付きものだ。

だが、うんこは汚いものでは決してない。単なる有機物でしかないからだ。

その意味では介護職の業務そのものは嫌いではなかった。

当初、胸を張って続けていた介護職に疲れ始めたのは、人間の心の汚さを見てしまったからだ。

目が回るほど介護師が忙しくしているのを、責任者が見て見ぬふりをしたりすることもあったし、独善と自分勝手なエゴイズムがない交ぜになって人間関係に波風が立つこともあった。

そんな時、夏休みに家族で帰省した昔、祖母が畑で真っ赤なトマトを作っていたのを思い出した。

岩国は由宇トマトがあり、新規就農者への支援制度も整っている。農業初心者でもチャンスがあるかもしれないと背中を押され、24歳でIターンを決意した。

――トマトは一年草ではない?

 そうだ。やり方によっては長期間、収穫が可能だ。トマトはどんどん伸びて、枯れさえしなければいつまでも取れる。

――トマト農家の醍醐(だいご)味は?

 トマトがいくらでも食べられる。農業そのものが好きにもなった。都会の喧騒(けんそう)より、自然豊かな地方でゆっくりとリラックスした生活を送れるのもいい。

――何が面白い?

 自分で作った物を自分で売ってとか、いろいろ気付きがあって少しずつ良くしていったり創意工夫ができるので、やりがいがある。

――由宇トマトの特色は。

 トマトの出荷では普通、青い物やちょっと赤くなったかと思う程度で摘果する。それを輸送する間や店舗に置く間に熟させるやり方を取っている。輸送で傷ついたり穴が開くことがないように、固いままで送るメリットはあるものの、由宇トマトはどちらかというと地産地消型農産物だ。

地元消費であれば赤くてもすぐ出せる。その分、幹についている時間が長いので、よそに比べて1週間2週間の違いが出て、その間の栄養とかうまみが入っておいしいトマトというのが形成されていく。

トマトには実が赤くなるまで積算温度というのがある。合計が1200度程度になると、赤くなって収穫時期を迎える。その日数が長い分、うまみも増す。早く赤くするとうまみも減ってくる。

だから冬からやったのがおいしいということがある。

 普通のトマトは夏秋トマトといって、7月から9月にかけて出荷される。

一方、施設園芸のハウス栽培では、露地栽培物が出ない頃を狙って、出荷する。競合すると市場に量が出回っているので、商売にはならない。

それに1ハウス造るのに、1000万円以上かかり、一般の人にはなかなか手が出せない資本投資型だ。

なおハウス建設には、国と県からの補助が3分の1で個人の出費は3分の2となっている。

また新規就農者は、2年間は農家で研修し、農業を始めて5年間、合計7年間、補助金が出る。

安定するまでの生活費を補助してくれるシステムがある。年間150万円だ。3年目からは自分でやらないといけない。なかなか経営は安定していないが、希望はある。

――軌道には乗った?

 乗ったとはまだ言えないが、収量は毎年、上がってきている。あとは計画をしっかり立てるとか、10人いる就労者を効率よく回せているか改善の余地は残っている。

今は両親にただ働きさせているので、給料を払えたり、忙しい時でもしっかり休めるような農園にしないといけない課題がある。


【メモ】お父さんは朝6時から息子さんは朝9時から仕事に取り掛かり、夜の7時か8時まで働く。昼休みは取るが、結構な労働時間だ。しかも農繁期には夕食の後、午後9時から袋詰め作業が待ち受けている。床に就くのは深夜2時、3時だ。

それでもなかなか黒字転換しないが、親子に焦りは微塵(みじん)も感じられない。由宇トマトが大地に根を張って花を咲かせ、実を実らせるように、こつこつ大地を耕していれば結果はいずれ付いてくるという自信がおかざき農園の父子鷹(おやこだか)にはある。