【社説】首相と核廃絶 核抑止力の維持向上こそ重要

今年5月に広島市で先進7カ国首脳会議(G7サミット)が開催される。それに合わせ各国首脳による原爆資料館視察やバイデン米大統領の被爆地長崎市訪問が計画されるなど、議長役を務める岸田文雄首相のライフワークである「核なき世界」の実現が強調されるものと思われる。しかし、核兵器廃絶の意義を訴えるだけで平和は実現するであろうか。

増す一方の周辺国の脅威

国際情勢に目をやれば、ロシアのプーチン大統領は核兵器使用の恫喝(どうかつ)を繰り返し、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)や極超音速ミサイル配備を進めつつある。中国は日本を射程に収める中距離弾道ミサイルを2000発以上保有し、また核弾頭を400発から1500発に増やす核戦力増強計画を加速させている。昨年ミサイル発射を繰り返した北朝鮮もさまざまな弾道ミサイルや核兵器開発を急いでおり、日本に対する周辺諸国の脅威は増すばかりだ。

核保有や軍事大国の路線を進める専制独裁国家の動きを眺めれば、核兵器廃絶を訴えただけで戦争を防止し、わが国への侵略を抑止できるとは考え難い。平和国家の日本が「核なき世界」実現をアピールするG7サミットを主導しても、効果は限られており過信してはならない。

もし強固な防空戦力が当時の日本にあれば、原爆投下は防ぐことができた。力と力の均衡で成り立つ国際社会の厳しい現実は、今日も変わっていない。日本の安全を確保するには、強靭(きょうじん)な防衛力と信頼性の高い核抑止力を保持することが最も重要であり、そのための取り組みや努力が政権担当者に求められる。

岸田首相率いる宏池会の創設者は、首相と同じ広島県が地元の池田勇人元首相である。政治の師である吉田茂元首相の軽武装路線を継承した池田氏は首相在任中、憲法改正や安全保障問題を政治課題から遠ざけ、所得倍増計画など経済成長路線を前面に押し出した。1963年には部分的核実験禁止条約の締結に踏み切った。安保条約を改定し、改憲再軍備に熱心だった前任の岸信介元首相とは対照的な政治姿勢から、池田氏にはハト派宰相の評価が定着している。

だが、実際の池田氏は世間が抱くイメージとは大いに異なっていた。彼は常々「日本の国は日本人の手で守らねばならない」と語り、また「日本も核武装しなければならない」と自らの本音を側近の伊藤昌哉氏に漏らしている。政権を長く担当し、諸外国との接触を重ねるにつれ、国防の努力や核抑止の重要性を強く認識するようになったからだ。部分的核実験禁止条約を締結したその日、池田氏は私的諮問機関「人づくり懇談会」を発足させた。愛国心を持った人材の育成に彼の真意があった。

「核共有」で防衛力強化を

地元である被爆地広島のイメージを自らに重ね、核廃絶の意義を説き存在感を示そうとする岸田首相だが、池田氏の実像を直視してほしい。日本が再び核攻撃を被ることのないよう防衛力を強化するとともに、米国の核兵器を日本国内に配備し、共同運用する「核共有」も視野に入れ、核抑止力の維持向上に全力を注いでもらいたい。