安倍晋三元首相が銃撃により殺害された事件から2カ月が経(た)つ。現行犯逮捕された容疑者が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みによる犯行を供述したことから、直接関わりのない政治家を標的にするなど不可解な点があるにもかかわらず、マスコミの旧統一教会批判を絡めながら安倍氏の国葬をめぐる政争が過熱しているのは遺憾である。
容疑者の減刑署名多数
民主主義の根幹である選挙中に凶弾に倒れた安倍氏の国葬について、岸田文雄首相は国会の閉会中審査で「暴力に屈せず民主主義を断固として守り抜く決意を示す」と述べた。史上最長の首相在任は民意によるものであり、国葬の実施決定は理解できる。また、海外から寄せられた多くの弔意に礼節をもって応える国葬は意義深いものだ。
だが、残虐な殺人事件への怒りを希薄化するほどの批判報道の暴走は、危険領域に入っているのではないか。特に事件が政治利用されており、野党は国葬に反対し、匿名性の高いインターネット交流サイト(SNS)上では死者を鞭(むち)打つように安倍氏を誹謗(ひぼう)する言動が多々認められることは嘆かわしいことだ。
一方で逮捕された山上徹也容疑者の犯行には、擁護する書き込みも目立つ。全国から100万円を超える現金が差し入れられ、公判前から呼び掛けられた減刑運動のネット署名に8000筆を超える署名が集まっているという。批判報道を背景に、加害者と被害者を倒錯させるかのような運動が行われていることには注意すべきだ。
容疑者は、母親が高額献金をした旧統一教会に対する恨みから教団とつながりがあると思った安倍氏を狙ったと自供したが、「動機には論理の飛躍がある」として現在、精神鑑定のため大阪拘置所に留置されている。まだ十分な動機の解明には至ってはいない。
事件が起きた奈良県の奈良弁護士会は会長声明で、裁判員に選ばれた市民が「報道内容によって、事件の審理に関わる以前に、事件に対し偏った感情を抱き、一定の意見や偏見をもって審理に臨む結果になりかねない」「事前に被告人に予断や偏見をもつことなく、刑事訴訟手続で適法に取り調べられた証拠に基づいてのみ判断を行うという予断排除という刑事訴訟の大原則に反する結果となる」と懸念を表明した。
安倍氏に対しては、2015年成立の集団的自衛権行使を一部容認した安保法制をめぐり、国会前で行われた野党の反対集会で「安倍に言いたい。おまえは人間じゃない。たたき斬ってやる」と演説した大学教授や、安倍氏の経済政策「アベノミクス」を「アホノミクス」「ドアホノミクス」と侮蔑し、これをタイトルとした著書を何冊も出版した大学教授もいる。
このような敵対感情や侮蔑を伴う野党の運動が、事件後も容疑者擁護や国葬反対に結び付いているとみえる。
冷静な報道と国会審議を
事件の政治化は、殺人という凶悪犯罪こそ糾弾されなければならない本質を見失わせる。冷静な報道と国会での審議が求められよう。



