【社説】米最高裁中絶判決 生命を守る草の根運動の勝利

米連邦最高裁が人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を下した。半世紀にわたる保守派の悲願が成就した瞬間であり、米国で人間の生命を尊重する運動が歴史的な勝利を収めたことは、日本を含め世界各国に好影響をもたらすものとして歓迎したい。

当事者の女性に寄り添う

ロー対ウェイド判決は、胎児が子宮外で生存可能となる24週ごろまでの中絶を憲法上の権利として認めたものだ。保守派活動家や敬虔(けいけん)なキリスト教徒たちは、この判決を撤廃しようと、胎児の生命を守る「プロライフ(生命尊重)運動」を繰り広げてきた。

最高裁に過去の判例を覆させることは、不可能と思えるような困難な目標だった。だが、人間の生命は神から与えられたものだという宗教的信念に基づく情熱的な草の根運動は、老若男女を巻き込む国民的運動へと発展していく。実際、ロー対ウェイド判決が下された日に毎年行われる「マーチ・フォー・ライフ」という大規模な中絶反対デモ行進には、多くの若者が参加していた。

プロライフ運動は一方で、望まぬ妊娠をした女性に対し、養子縁組の斡旋を含め精神的、物理的なサポートを提供した。宗教的価値観を押し付けるのではなく、当事者の女性に寄り添う活動に取り組んだことが支持を広げる一因になったことも見落としてはならない。

最高裁が今回、ロー対ウェイド判決を覆したのは、トランプ前大統領の功績と言っていい。トランプ氏は在任中、9人で構成される最高裁にプロライフの保守派判事を3人送り込んだ。それがなければ今回の判決はあり得なかった。破天荒な言動ばかりが取り上げられたトランプ氏だが、実は米国の保守派の間では「史上最も強力なプロライフ大統領」と高く評価されていたのだ。

日本の一部で誤解が見られるが、今回の最高裁判決は中絶を全面的に禁止するものではない。中絶の是非や具体的なルールは、各州が民主的なプロセスを通じて判断すべきだと言っているだけだ。司法が全米50州に一律のルールを押し付けたロー対ウェイド判決は明らかに非民主的であり、これを改めることが今回の判決の主眼である。

保守的な州では今後、中絶が禁止または厳しく制限される見通しで、13州ではすでに、ロー対ウェイド判決が覆された時点で中絶を速やかに禁止する、いわゆる「トリガー法」が制定されている。これに対し、リベラルな州は逆に、中絶の権利を州法で保障するなど、州によって中絶への対応が全く異なる「二極化」が鮮明になるだろう。

同性婚判決破棄にも道

米国で過激なLGBT(性的少数者)イデオロギーなどリベラルな価値観が蔓延(まんえん)する中、保守派が「文化戦争」の中核である中絶問題で歴史的な勝利を挙げた意義は極めて大きい。特に、最高裁がロー対ウェイド判決を覆した理論に基づけば、同性婚を認めた2015年の最高裁判決も覆される可能性があると指摘されており、今後の動向が注目される。