裏側から炙り出す時代の本質 本郷和人著『黒幕の日本史』

歴史の影に埋もれた「黒幕」の働き

本郷和人著『黒幕の日本史』

東京大学史料編纂(へんさん)所教授の本郷和人氏の新著『黒幕の日本史』(文春新書)は、タイトルこそおどろおどろしいが、日本史や歴史上の人物に新たな光を当てる好著だ。

黒幕と言えば、歴史を陰で操った陰謀家のイメージが強い。源氏から政権を簒奪(さんだつ)した北条時政などその典型だろう。同じ文春新書の『北条氏の時代』で、その時政を「敵を作らない陰謀家」としてスケッチした著者だが、本書では「黒幕」をより広い意味でとらえ、16人を取り上げている。

足利義満の時代、管領を務めた細川頼之(よりゆき)は、歴史上、重要な役割を果たしているのに、あまり注目されてこなかった「過小評価されてきた黒幕」として。江戸整備に貢献し民生の先駆者となった伊奈忠次(いなただつぐ)は、大きな仕事をしたのに当時、評価されなかった「不遇な黒幕」として。キリシタン大名高山右近は、実は隠れたところで、重要な仕事をしていた「意外な黒幕」として取り上げられる。

下級貴族の出で、「鎌倉殿の13人」の1人となった中原親能(なかはらのちかよし)も黒幕の1人。陰謀とは無関係だが、鎌倉幕府が京都から独立した政権として成り立つために不可欠な文書行政を担った。武士の所領の安堵(あんど)と争いの調停が重要な鎌倉幕府で、文書行政がいかに重要であったかを著者は強調する。

取り上げられた人物が歴史の裏側で、どのような働きをしたかを知るのは、興味深いことだ。しかし著者は、さらにそれを通して、その時代の本質を炙(あぶ)り出そうとする。

例えば足利義満を補佐した細川頼之を通し、著者は、室町幕府が、武家と公家双方のトップに立つ「室町王権」を目指したことを強調する。

終章では、西郷隆盛が取り上げられる。勝海舟との会談で江戸無血開城の立役者と言われる西郷だが、一方で、あくまで武力による討幕にこだわった。

江戸でゴロツキを雇って騒擾(そうじょう)を起こし、業を煮やした幕府が薩摩藩邸を焼き討ちし戦端が開かれる――。そういった「維新の英雄」のウラの顔を描き出す。

これらは既に知られた西郷の側面だが、著者は「相手が我慢しきれずに手を出したところで、戦争に引きずりこむ」という手法を征韓論争でも提案していると指摘する。西郷は自分を使者として朝鮮に送れば、朝鮮側が自分を殺すだろうから、それを口実に戦争を始めればいい、と言った。

歴史学の進展によって、歴史の舞台裏が少しずつ明らかになっている。そういった学問的な成果が、一般の歴史愛好家や読者に分かりやすく紹介されることの意味は小さくないと感じさせる一冊である。

(特別編集委員・藤橋進)