市場から見たオランダ絵画黄金期 変化に対応した晩年の変貌

小林賴子著『フェルメールとそのライバルたち』

小林賴子著『フェルメールとそのライバルたち』(KADOKAWA)

日本でも高い人気を誇る画家フェルメール。「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」が4月に東京で開かれ、現在、北海道立近代美術館で開催中だ。

日本におけるフェルメールなどオランダ絵画研究の第一人者、小林賴子氏の近著『フェルメールとそのライバルたち 絵画市場と画家の戦略』(KADOKAWA)は、絵画市場からオランダ絵画黄金期の画家たちの営みに迫ったもの。「美」の変貌を社会経済史的な観点から分析したユニークな本だ。

著者には解き難い疑問があった。一つはフェルメール晩年の様式の変貌について。「明らかに、じっくりと味わう手の込んだ細部より、単純化された切れのいい表現に重きが置かれ始めている」様式の変化がなぜ起きたのか。そしてそれが変化の途上だったのか完成だったのか。もう一つは、当時、オランダではフェルメールを含め似たようなモチーフや構図の絵が沢山描かれたこと。

17世紀オランダは他のヨーロッパ諸国に先駆けて市民社会が誕生し、経済的な繁栄を享受した。それまで教会や王侯貴族のものだった絵画を市民も鑑賞し所有するようになり、宗教画や歴史画に替わって静物画、風景画、風俗画が盛んに描かれるようになる。

市民が中心となって生まれた絵画市場の活況ぶりについて、著者は独自に計算し、17世紀を通じての絵画制作点数は約500万点、活動画家数1900~2300人前後という数字をはじき出している。

しかし活況を呈した絵画市場も、オランダ経済の陰りで1660年代末頃から著しく衰退する。顧客も市民層から富裕層へと変化。それを反映して描かれる絵画も、写実志向から古典主義の傾向を強めていく。

そういった流れの中で、フェルメール晩年の様式の変化を、「世の求めの変化に対応しようとする途上を示すもの」ではないかとの考えに傾く。1人の画家が完成された様式を見いだし、頂点を極めた後、数年のうちに別の試みを始めることはなかなか想像し難いとしながら、「厳しいアート・マーケットを相手に制作している場合、決してありえないことではない」と言う。

珠玉のような作品を残し、謎めいた巨匠のイメージの強いフェルメールに対して、あまりに世知辛い見方のようにも思える。しかし著者が本書で詳しく描いた、絵画市場の中で試行錯誤する同時期の画家たちの姿は、フェルメールもそうだったのではないかと思わせるのである。

芸術の創造は、作品を供給する制作者と共に需要する鑑賞者もその一翼を担っていることを改めて感じさせられる。

(特別編集委員・藤橋 進)