独立不羈はコサックの伝統 黒川祐次『物語 ウクライナの歴史』

勇気、名誉、潔さは侍と共通

黒川祐次著『物語ウクライナの歴史』(中公新書)

ロシアのウクライナ侵攻は、専門家たちも予想しなかった出来事だが、ウクライナの国民がここまで一丸となって徹底抗戦していることも、世界の人々を驚かせている。その祖国愛や抵抗精神の強さはどこからくるのか。

2002年に初版が出て、いま再び注目を集めている元駐ウクライナ大使、黒川祐次著『物語 ウクライナの歴史』(中公新書)は、そんな疑問に答えてくれる好著だ。

ウクライナという国とその文化については、長く帝政ロシア、ソ連の一部であったため、大きくは、ロシアの一部のように見る傾向があった。

しかしソ連崩壊に伴う独立後、その豊かな文化の独自性が正当に認識されるようになった。政治的にも強い結び付きを持つ一方で、常にロシアからの独立を求めてきた。

本書はその歴史と文化、ロシアとの関係を一般向けに分かりやすく紹介したウクライナ史の入門的な書ではあるが、これを読むと、今ウクライナで起きていることが、歴史の必然のようにも思えてくるのである。

本書から響いてくる、というよりウクライナの歴史から響いてくるのは、「コサックを語らずしてウクライナは語れない」という声である。特に今ウクライナの人々が侵略者ロシアに対して示している、世界も驚く不撓(ふとう)不屈の姿勢は、コサックの独立不羈(ふき)の精神的な伝統にあると考えればよく理解できるのである。

コサックはウクライナや南ロシアのステップ地帯に住み、普段は農業などに従事しているが、事あれば戦士となる人々だ。

古くはタタールとの戦いから始まって、ロシア帝国の勇敢な戦士として活躍するが、ウクライナ最大の英雄、フメルニツキーはコサックの出であり、何度も挫折した独立運動はコサックに現実的、精神的ルーツを持つ。

そんなウクライナがなぜ長く独立を獲得することができなかったのか。その理由を著者は、ロシアやポーランドという強国の存在やリーダー不在とともに、穀倉地帯であり先進工業地帯でもある「ウクライナ自身が持つ重要性」を挙げる。

最後に日本との関わりについて、在勤中ウクライナの人たちが、核の直接的被害を受けたことなど、意外と多い両国の共通点として述べたことを紹介している。それは、両国が古い歴史や伝統を持ち「とくにコサックと侍は勇気、名誉、潔さなどの共通の価値観をもっており、これが現代にも受け継がれていること」という。

今の日本人が、どれだけ侍精神を受け継いでいるか怪しいところがある。しかしウクライナ人が自分たちをコサックの末裔(まつえい)と強く意識していることは間違いないように思われる。

(特別編集委員・藤橋 進)