抗議デモ激化で停止 イスラエル司法改革

バイデン米大統領も懸念 内戦の可能性指摘も

27日、エルサレムの国会前でネタニヤフ首相の司法制度改革に抗議する人々(UPI)

イスラエルでは、ネタニヤフ政権が進める司法制度改革を巡り大規模な抗議デモが続き、国内の分裂は安全保障上の脅威だとして改革中止を求めたガラント国防相が更迭された。ネタニヤフ首相の辞任を求める抗議行動が新たに発生するなどし混乱が拡大する中、ネタニヤフ氏は法案の停止を決定した。(エルサレム・森田貴裕)

昨年末に発足した「イスラエル史上最も右寄り」と言われるネタニヤフ政権が、最高裁の判断を国会が単純過半数で覆すことなどを可能にする司法制度改革を進めている。この改革案は民主主義を脅かすとして、3カ月にわたって毎週末に市民による大規模な抗議デモが続くなど混乱が広がった。

混乱の中、ガラント国防相が25日夜のテレビ演説で、現政権が進める司法制度改革について「社会の分裂が軍にまで広がっている。国の安全保障に対する明白な脅威だ」と述べ、国会での審議中断を主張した。これを受けネタニヤフ首相は翌26日、ガラント氏を更迭した。ガラント氏はその直後、ツイッターで「イスラエルの安全保障問題は、今後も常に私の使命だ」と述べた。

イスラエルの市民はガラント氏更迭に反発し、街頭に出て抗議デモを行った。テルアビブでは数千人のデモ隊が主要高速道路を封鎖し、路上で大きなかがり火を焚(た)き、「民主主義の維持」や「ビビ(ネタニヤフ氏の通称)は家に帰れ」などとシュプレヒコールを上げた。騎馬警官が出動しデモ隊を解散させる中、警察は群衆に向けて放水銃を使用した。エルサレムでは、ネタニヤフ氏の自宅前でデモ隊と警察が衝突。その後デモ隊は、国会議事堂や首相府まで行進し、ネタニヤフ氏の辞任を求めた。イスラエルのテレビ局「チャンネル12」によると、イスラエル全土で26日夜に60万~70万人の市民による抗議デモが繰り広げられ、北端の都市キリヤットシュモナから南端の都市エイラートまで抗議行動が報告されている。

司法制度改革を巡っては、これまでも治安関係者や企業の有力者らが悪影響について警告している。治安当局者は、内戦の可能性を指摘している。急成長するハイテク産業の有力者らは、「司法を弱体化させれば投資家が離れてしまう」と警告する。

イスラエルの報道によれば、イスラエル空軍のパイロットなど予備役250人以上が、週末の抗議デモに参加するため訓練を拒否する事態となっている。これは頻繁に訓練を受けるパイロットの能力に影響を与える可能性がある。ネタニヤフ氏は、「公の議論に抗議の余地はない」と主張し、首席補佐官のイスラエル軍ハレビ参謀総長に、抗議の波と戦うよう呼び掛けている。

イスラエルの主要同盟国である米国まで異例の警告を発した。バイデン米大統領は19日、ネタニヤフ氏との電話会談で、イスラエル現政権が進める司法制度改革について言及し、「改革は民主主義の核となる価値観を尊重するものでなければならない」と述べた。

イスラエルのヘルツォグ大統領は15日に、内戦を避けなければならないとして、現政権に対し抑圧的な司法改革案を放棄し、野党との合意に基づく改革の枠組みに置き換えるよう求めた。 ネタニヤフ氏は、これを拒否した。

クネセト(国会)では23日、首相を不適格として辞任を要求する権限を最高裁判所から事実上奪う法案が可決された。これで最高裁から首相として不適格と判断される可能性がなくなったネタニヤフ氏は、演説で「今日まで私の手は縛られていたが、もうそうではない」と述べ、司法制度の全面改革を表明した。ネタニヤフ氏は2019年、三つの事件で詐欺、背任、贈収賄などの容疑で起訴された。21年に始まった公判は現在も続いている。

ミアラ司法長官は24日、ネタニヤフ氏のこうした表明は違法だとして「犯罪で起訴されている首相として、疑いが生じるような行動を慎まなければならない」と指摘した。

報道によると、ヘルツォグ大統領は27日、ネタニヤフ政権に対し司法制度改革を直ちに中止するよう要請。イスラエルの大学や労働組合が抗議のためストライキを行う中、ネタニヤフ氏は法案の停止を決定したという。イスラエルの民主主義が保たれることになりそうだ。