ポンペオ回顧録を読み解く

北朝鮮の反中感情を暴露

平壌で握手するポンペオ米中央情報局(CIA)長官(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(肩書はいずれも当時)=米政府が2018年4月公表(AFP時事)

中朝関係に損傷与える戦略か

トランプ米政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏が回顧録を出し、その中で衝撃的な暴露話をしている。北朝鮮の金正恩総書記が中国のことを「嘘(うそ)つき」呼ばわりしたというのだ。

このポンペオ回顧録を読み解いているのが韓国国防研究院安保戦略研究センター長を務めた白(ペク)承周(スンジュ)元国会議員・国民大教授。東亜日報が出す総合月刊誌新東亜(3月号)に「習近平の逆鱗(げきりん)に触れた金正恩」を書いた。

ポンペオ回顧録の問題部分は既に報道されているが、金総書記の発言を確認してみる。中国を「嘘つき」としたのは、以前から中国は「在韓米軍が撤退したら金正恩が喜ぶ」と発言していた部分だ。ということはつまり金総書記は意外にも“撤退を喜ばない”ということになる。

「唇歯の関係」「血盟」と言っているのに、中国にしてみれば北朝鮮から嘘つき呼ばわりされるとは気分を害したに違いない。白承周氏は金総書記の発言には「北朝鮮社会内部にある反中情緒が反映されている」とし、「北朝鮮知識人の相当数は中国に対して反華思想を持っている」と述べる。実は北朝鮮は中国を嫌っており、つい本音が出てしまったということだ。

そしてこの“撤退を喜ばない”ということについて、「在韓米軍が北朝鮮体制を守るのに役立っている」との認識を金総書記は持っていると分析する。その真意は「中国から体制を守ることができる」つまり中国が「敵」ないしは「脅威」と認識しているわけだ。

その中国への恐れはどこから来ているのかといえば、北京政府の新疆ウイグル自治区への政策である。やがて中国は「北朝鮮をチベットや新疆ウイグルのように扱う」のではないかという不信と警戒感だ。

だから中国による北朝鮮の「新疆ウイグル化を防ぐために核兵器を開発・保有をしている」とまで白氏は解釈する。それもあるだろう。ウクライナ事態で明らかになったことは、核保有国は保有国を狙わないということだから。

ポンペオ氏はなぜこの暴露話をしたのだろうか。白氏の分析が面白い。まずこの話が本当かどうかだが「次期大統領を狙うポンペオ氏が小説を書くはずはない」と白氏はみる。したがってこれは本当だとの前提だ。

一方、金総書記がつい本音を漏らしたとしたら「外交惨事」だが、もし分かっていての発言ならば「重大な挑発であり新しいゲームを始めた」ことになる。金総書記はポンペオ氏を使ってゲーム開始のベルを鳴らしたというわけだ。

だがポンペオ氏は北朝鮮と何度か話し合ってきて、最終的には信用できないことを身をもって知っている。あえて金総書記の発言を暴露した狙いは「中朝関係に致命的損傷を与えようとする戦略」の可能性が高いと白氏は分析する。

北朝鮮への国連制裁が奏功しない理由は背後で中国が助けているからだとの見方は国際社会に根強い。中国と北朝鮮の関係が悪化すれば、中国は対北制裁に本腰を入れてきて、制裁の効果が出てくるという見立てだ。

こうした中国、北朝鮮、米国のゲームを韓国としてはどう眺めたらいいのか。白氏はこの機を捉えて「中朝関係の変化の幅と速度を洞察し」つつ、「韓半島外交の新しい道を探す機会とすべきだ」と主張する。もっとも具体的な案は一つも示さなかったが。

ゲーム分析だけではプレーヤーにはなれない。尹錫悦大統領は今後、米国、日本を相次いで訪問する。「習近平の逆鱗」に触れて中国との関係が悪化すれば、金総書記は米国に目を向けてくる。先の文在寅政権は北朝鮮の胸の内を代弁して米国に伝えようとして失敗してきた。米韓関係を固めた上で、北朝鮮を中国から引き剥がして米韓に接近させるという芸当が尹政権にできるかどうか。

米国(ポンペオ)経由で伝えられた金総書記のメッセージをどう分析するか。複雑に思惑が絡まった東アジア外交で尹政権の力が試されている。

(岩崎 哲)