
政権交代で180度変わる安保政策
日本の安保3文書改定で「敵基地攻撃」を明示したことで、韓国では日本警戒論が高まっている。だが一貫して反日政策に固執していた前の文(ムン)在寅(ジェイン)政権時代とは違い、対日警戒は緩めないものの、同時に日本との対話協調も必要だとの論調も出てきており変化が感知される。
東亜日報が出す総合月刊誌新東亜(2月号)で元米韓連合軍司令部作戦計画課長だったキム・ギホ江西大教授(予備役陸軍大佐)が「米韓日協力の手綱を放せば日本だけが核武装」の原稿を寄せた。
米韓連合軍司令部にいただけあり、キム氏はいたずらな反日感情に依拠した防衛政策ではなく、現実的な国際情勢の変化、各国の防衛政策の転換を読み取り、韓国として日本とどう付き合っていかなければならないかを冷静に論じている。
これが文政権時代だったなら、たとえ合理的現実的判断を旨とする軍であっても、政府の反日政策の圧迫を受けて日本との協力を大っぴらに議論することは憚(はばか)られただろう。
韓国軍が政府の意を受けて反応した典型的な例が自衛隊機へのレーダー照射事件(2018年)だ。日韓の軍当局が緊密で良好な関係を保っていれば、もしかしたら“単なる事故”として収拾されたものが、日本側の証拠の提示にすら韓国側は感情的な反発と非難を浴びせて、対話の難しい関係が続いた。
もしそのままの状態が続いていたならば、日本側の安保文書改定や敵基地攻撃の明示に対して、今ごろは猛烈な非難を浴びせていたに違いない。保守派の尹(ユン)錫悦(ソクニョル)政権が誕生したことで、韓国軍や保守派言論で冷静な議論が可能となったようだ。
キム氏は米国がもはや「世界の警察官」ではなく、「同盟およびパートナー国家と世界安保守護の負担を分けようとしている」として「オフショア・バランシング」戦略を取っていると説明する。そして「中国を最大の戦略的挑戦」と規定し「対中牽制(けんせい)の主力に浮かび上がった友邦が日本」であり、日本はこれで「再武装の口実ができた」とみる。これまでの韓国から見れば、周辺が大変なことになっているという話だ。
しかし、オフショア・バランシングは今に始まったことではない。米国が東アジアの安保分担を日本に負担させようとし、日本も環境整備や準備を重ねてきた。集団的自衛権、インド太平洋戦略、クアッド(日米豪印安保経済協力)、そして仕上げが安保3文書改定であり、いずれも既に安倍晋三政権の時から取り掛かってきたものだ。文政権が現実を見詰めなかっただけの話である。
韓国はようやく左派政権の頸木(くびき)から自由になって、東アジアの現実を眺め回したところ、どうみても日米との緊密な安保協力が重要だという現実に目覚めた。そして「親日」や「土着倭寇」の誹(そし)りを受けずにまともな議論が可能になった、というのが韓国の現状だと言っていい。
周囲を見てみれば、中国が2000発の中距離ミサイルを備え、台湾侵攻の意思を隠さず、北朝鮮も核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイル(ICBM)の実戦配備が夢物語でなくなってきている。「米国はこのような劣勢を挽回するために日本の核兵器開発を容認する可能性がある」とまでキム氏は予測する。
韓国は文政権の5年間でこうした国際情勢の動きから完全に取り残されてきた。キム氏は「韓国はワシントンと東京をよく説得して日本水準の核潜在力を整えることが何より必要だ」と強調する。そして、「そのために日本との関係改善が求められる。韓日間の軍事的利害関係の間隙を狭めてこそ韓半島戦争の危機を防げる」と原稿を結んでいる。
民主的先進国家では外交や安保政策は政権が交代しても大きく変わることはない。しかし韓国では政権交代によって180度変わってしまう。今、尹政権が対日協調路線を取うとしていても、保守と左派の勢力はほぼ拮抗(きっこう)しており、次の選挙次第でどう変わるか分からない。国と国との約束である条約すら反故(ほご)にされる。韓国で対日協調が言われても、日本側が簡単に応じられない理由である。韓国の変化をしばらく注視する必要がある。
(岩崎 哲)



