韓国防空網にまた穴 北の無人機、大統領室上空を侵犯

偵察用500機、探知・撃墜に課題

2017年6月、韓国・星州にある北ミサイル迎撃基地の上空まで侵犯した後、北朝鮮に戻る途中で撃墜した北無人機(韓国紙セゲイルボ提供)

「自主国防」の弊害も

先月、韓国領空を侵犯していた北朝鮮の無人機5機のうち1機がソウルの大統領室上空付近を通過していたことがその後判明し、波紋が広がっている。韓国は確認されたものだけで2014年や17年にも北無人機の侵犯を許しており、防空網の強化が急がれる。(ソウル・上田勇実)

韓国軍によると、北無人機5機が韓国領空を侵犯したのは先月26日午前10時すぎ。このうち1機は南北軍事境界線に近い漢江河口付近から韓国京畿道の金浦市や一山市を南東方向に飛んでソウル市内に入り、大統領室や国防省がある同市龍山区の飛行禁止区域を数百㍍にわたり侵入した。

その一方であとの4機は、それより西側の黄海付近を飛行して韓国軍の気をそらす攪乱(かくらん)戦術を取ったとみられている。

無人機は胴体の長さ、両翼の幅共に約2㍍の小型で、これまでに韓国領空を侵犯したものと形状が似ていたという。飛行の速度や高度は変則的だったといい、滑走路なしに発射台から離陸するため、事前の探知が難しく、奇襲的に侵犯される可能性が高い。

幸い攻撃用ではなく偵察用だったとみられるが、情報機関の国家情報院は無人機に装着されたカメラが大統領室付近を写真撮影した可能性はあるとの見方を示している。

国会情報委員会の幹事議員によると、国情院は北朝鮮の偵察用小型無人機について「現在(長さや幅が)1~6㍍級を中心に20種類余り500機を保有している」と把握している。14年に侵犯し、軍事境界線に近い北西部の坡州郡などで残骸が発見された無人機からは、当時大統領府があったソウルの青瓦台を撮影した写真が見つかった。

17年に侵犯した無人機も南東部の星州(慶尚北道)にある北朝鮮ミサイル迎撃用の高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)基地の写真を10枚余り撮影していたことが分かっている。

今回の無人機侵犯に韓国では衝撃が走った。偵察用とはいえ、国政の中心である大統領執務室のほぼ真上まで侵入されただけでなく、撃墜も無力化もできないまま取り逃したためだ。また仮に無人機が攻撃用で爆弾投下や自爆、生物化学兵器の散布などが実行されていたら、市民はパニックに陥っていただろう。

北朝鮮の軍事挑発に詳しい金泰宇・元韓国国防研究院責任研究委員はこう指摘する。

「韓国軍はF15KやF16などの戦闘機、アパッチヘリ機などを出撃させ、地上では『飛虎複合』という移動式対空砲もあるが、5機全て取り逃し、韓国防衛網に穴が開いていることが露呈された。14年や17年に侵犯された後もいまだに穴が空いているということだ」

無人機侵犯を許した背景には、対北融和主義で「自主国防」路線を進めた文在寅政権の影響もあるようだ。「性能に限界がある局地防空レーダーなどに頼らず、イスラエル製高性能レーダーの導入が試みられたが、国産優先の自主国防の壁にぶつかって保留にされた」(金氏)経緯がある。

今回の事態を巡り軍から報告を受けた尹錫悦大統領は、文政権下で北朝鮮と合意した南北軍事合意書の「効力停止」を検討するよう指示した。

合意書には「軍事的緊張や衝突の原因となる相手に対する一切の敵対行為を全面中止する」と明記されているが、すでに北朝鮮による弾道ミサイルの乱発などで合意書は紙切れ同然に。今回の事態を受け、韓国として改めて断固たる姿勢を示す必要性を感じたようだ。

また尹大統領は、北無人機に対応する作戦を円滑にするため「合同ドローン部隊」の早期創設を指示。韓国防衛事業庁によると、電波妨害などにより北無人機の飛行経路を逸脱させたり、墜落させる「ドローン・キラー」システムの開発がすでに昨年11月から始まっている。今後はより攻勢的に北偵察用ステルス無人機の開発も急ぐとみられる。