
フランス政府は将来の年金制度の崩壊を回避するため、政策の鬼門ともいわれる年金改革に取り組んでいる。ただ、昨年の国民議会選挙でマクロン大統領の中道アンサンブル(現ルネッサンス)の獲得議席が245議席と過半数に届かず、改革に反発を強める野党・左派連合の猛烈な反対の中、議会審議を開始し、抗議デモが相次いで行われている。(パリ・安倍雅信)
フランス政府が9月からの施行を目指す年金改革に対して、今月11日にも4回目となる抗議デモが全国で実施され、警察発表では96万3000人、主催者発表で250万人が参加した。デモ参加者の職業、年齢はさまざまなだけでなく、年金受給の高齢者もデモに加わり、抵抗の激しさを物語った。
政府の年金改革の骨子はまず、現在62歳の定年退職年齢を2023年9月1日から30年までに3カ月ずつ段階的に引き上げ、64歳にすることだ。同時に14年に制定された満額支給の条件となる年金保険の支払い期間を42年間から、27年には43年間に段階的に延長するとしている。
さらに労働期間が長期の場合、14歳から16歳未満で働き始めた人は58歳で、16歳で働き始めた人は60歳で退職できるとしている。退職年齢の延期が高齢者の労働適性の問題を提起する一方で、改革プロジェクトは「高齢者指数」の確立を目指している。
政府は今年1月10日に改革案を発表し、23日に閣議に提出、法案は1月30日から社会問題委員会で検討され、2月6日から国民議会にかけられている。ボルヌ仏首相は迅速に審議を進め、今年の夏以降に発効することを目指している。
そこで、国民議会の審議を短縮し法案を上院で可決する手続きをスピードアップできる「憲法上の武器」といわれる社会保障財政法案に限った文脈で第5共和政下では使われたことのない憲法47条1項を使う可能性が浮上している。これにより、国民議会と上院の間の討論の期間を短縮できる一方、国民の声が軽視される印象を与える。
ただ、与党・共和国前進(REM=現ルネッサンス)が圧倒的議席を占めた第1期政権と異なり、第2期は法案の成立には不確実性が高まっている。ルネッサンス党は、中道右派の共和党(LR)60人の議員の協力が不可欠だが、LR議員の中には反対者もいる。
一方、政府の改革法案に対して、仏労働総同盟(CGT)や仏民主労働連合(CFDT)、労働者の力(FO)など、全ての労働組合は「法案に正当性はなく、残忍な改革」と正面から反対している。全ての労働組合は、1月19日にストライキとデモを開始して以来、断続的に抗議行動を行っている。
一般市民の反応はさまざまだ。政府の改革案を理解するフランス人は「年金制度の破綻は絶対避けるべき」とする一方、反対派の中には「ようやく退職年齢に達したのに、さらに1年以上働くことは受け入れられない」と批判している。年金受給者でデモに参加した70代の女性からは「若い人たちが長期働かなければならないのは、かわいそう」などの意見が聞かれた。
最新の世論調査では国民の68%が改革案に反対しているが、世論調査会社は労働組合が主導する伝統的社会運動に対して、もはや多くの人々は共感を示さず諦めムードもあると指摘している。事実、調査会社の指摘では抗議デモは回を重ねるごとに若者の参加者は減っているとの指摘もある。
改革には積極的、消極的賛成者がいるが、在職者と退職者の比率(フランスで50年前には退職者1人を4人が支えた比率は現在、退職者1人当たり約1・7人に低下)が変化する現実に危機感を抱く人々は少なくない。
多くの欧州諸国が退職年齢を引き上げる措置を講じ、英国は66歳、イタリアとドイツは67歳、スペインは65歳とフランス人より長く働いている。ミッテラン政権が1982年に定年を60歳に引き下げて以来、今回7回目となる年金改革だが、コロナ禍で延期を強いられたマクロン氏の改革は正念場を迎えている。



