長期化するロシアの軍事侵攻 火が付くウクライナ魂 露正教会にも批判高まる  

昨年11月14日、ロシア軍撤退後のウクライナ南部へルソン市を訪れたゼレンスキー大統領(中央)を歓迎する兵士や市民ら(UPI)

ロシアのプーチン大統領が昨年2月24日、ウクライナに軍を侵攻させて以来、ロシアとウクライナ両国だけではなく、欧州を含む世界の政治、安保、軍事、経済に大きな影響を与えている。軍事大国ロシアの攻撃に対してウクライナ軍の士気の高さは世界を驚かせた。一方、プーチン大統領の指導力に疑問が呈され、プーチン氏の精神的支えのロシア正教最高指導者キリル1世への辞任要求の声が世界の正教会から聞かれだしている。(ウィーン・小川 敏)

ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアとの戦争は単なるウクライナとロシアの戦争ではなく、独裁国家ロシアとウクライナを含む民主国家との戦いだ。ウクライナはその戦いの最前線に位置している」と強調、欧米諸国に武器の供給を含む支援を強く要求してきた。米国のバイデン政権が地上配備型迎撃ミサイル「パトリオット」のウクライナ供給を決定したことは、ロシア側のミサイル、無人機攻撃に無防備な状況だったウクライナ軍に朗報だ。

侵攻開始以来、激しい砲撃に当初は恐れや不安がウクライナ国民の心を占めたが、その期間は長く続かなかった。軍事大国ロシアへの恐れは3月に入れば吹っ飛んでしまった。そして現在、ウクライナ国民の70%は未来に希望を感じだしているという。

独週刊誌シュピーゲル10月15日号は「戦争下の国民の感情について」と題し、非常に興味深い記事を掲載していた。ウクライナの国民性は本来、悲観的な傾向が強いと言われていたが、国民の70%は希望を感じている。「多くのウクライナ国民は独立国となって以来初めて、自国が如何(いか)に素晴らしいかを認識しだした」というのだ。

プーチン大統領はロシア軍がウクライナに入り、首都キーウに侵攻した時、短期間でキーウを制圧し、親露政権を樹立させるという計画だったが、ウクライナ国民と軍の激しい抵抗に遭って、後退せざるを得なかった。多くのウクライナ国民はロシア軍のキーウからの撤退を奇跡と感じたという。

そして東部、南部を占領するロシア軍に対してウクライナ軍の領土奪回はウクライナ国民を奮い立たせたことは間違いない。同時に、欧米諸国からの軍事支援と連帯がウクライナ国民を勇気づけていることは確かだ。

プーチン氏は部分的動員令を発令し、キーウ、西部のリビウ市にはミサイル攻撃、自爆無人機を動員する一方、核戦力を使った演習を実施、放射能をまき散らす“汚い爆弾”問題などを恣意(しい)的に話題にする情報戦を展開している。だが、「ロシア軍は恐るるに足らず」と感じたウクライナ人はもはや「恐怖」ではなく、プーチン氏のロシア軍に「怒り」を強めているのだ。

ロシア軍は厳冬期に、ウクライナの発電所、変電所、水道インフラをドローンやロケット弾、巡航ミサイルで攻撃してきた。何十万もの世帯で、電気、暖房、水道が少なくとも一時的に停止状況に陥った。プーチン氏は、ナポレオン戦争やヒトラーのドイツ軍との戦い(独ソ戦)で敵軍を破ったロシアの冬将軍に戦争と自身の命運を懸けているのかもしれないが、ウクライナ国民の士気は弱まっていない。

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ロシアのプーチン大統領は自称、敬虔(けいけん)な正教徒だ。プーチン氏を支えてきたロシア正教会最高指導者キリル1世はここに来て世界の正教会から激しい批判にさらされている。世界約3億人の正教会の精神的指導者、東方正教会のコンスタンティノープル総主教、バルソロメオス1世は、「ウクライナに対するロシアの戦争を即時終結すべきだ。この『フラトリサイド戦争』(兄弟戦争)は人間の尊厳を損ない、慈善の戒めに違反している」と述べ、「キリル1世が戦争を支持するのならば、辞任した方がよい」とまで語った。

昨年11月4日、モスクワの「赤い広場」で、ボランティアらと言葉を交わすプーチン大統領(中央)(AFP時事)

モスクワ総主教キリル1世はクリミア半島はロシア正教会の起源と見なしている。「キーウ大公国」のウラジミール王子は西暦988年、キリスト教に改宗し、ロシアをキリスト教化した。キリル1世はそのウクライナとロシアが教会法に基づいて連携していると主張。ウクライナのキーウを“エルサレム”と呼び、ロシア正教会はそこから誕生したのだから、その歴史的、精神的繋(つな)がりを捨て去ることはできないと訴えた。

キリル1世はプーチン氏の庇護(ひご)の下、西側社会の退廃文化を壊滅させなければならないと説明する。要するに、ウクライナに対するロシアの戦争は「西洋の悪」に対する善の形而上学的闘争だというわけだ。

注目すべきは、ウクライナでキーウ総主教庁に属する正教会聖職者とモスクワ総主教庁に所属する聖職者が「戦争反対」という点で結束してきたことだ。ウクライナ正教会(モスクワ総主教庁系)の首座主教であるキーウのオヌフリイ府主教は2月24日の侵攻時、ウクライナ国内の信者に向けたメッセージを発表し、ロシア軍侵攻を「悲劇」とし、「ロシア民族はもともと、キーウのドニエプル川周辺に起源を持つ同じ民族だ」と語っている。

ウクライナで戦争が始まって既に10カ月が過ぎたが、停戦の見通しはない。プーチン大統領への批判はロシア国内外で高まり、国際社会でますます孤立化してきた。単に反体制派活動家からだけではなく、大統領を支えてきた側近の中に戦争指導力への不満の声が聞かれだした。また、大統領を支援してきたキリル1世は同じように世界の正教会から孤立を深めている。