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フランスで中学校教師がイスラム過激主義に傾倒する若者に殺害された事件から2年がたつ。預言者ムハンマドの風刺画を授業中に見せたとして殺害された教師は表現の自由を守ったとして英雄視されている。一方、国内のイスラム教徒の存在感は増すばかりで、フランス人のアイデンティティーを揺るがしている。(パリ・安倍雅信)
事件から2年がたつ10月15日、ヌディアイ教育相は、パリのソルボンヌの大学でイスラム聖戦主義者の「知性と教育の可能性を排除する試み」は「成功することはないだろう」と断言した。
殺害された歴史・地理学の教師、サミュエル・パティ氏(47)の妹はスピーチで「あえて声を上げたために亡くなったり、けがをしたり、拷問を受けたり、投獄されたりしたすべての人々に向けてスピーチを捧げる」と語った。ただ、事件と犠牲者の追悼は、全国的には低調で静かなものだった。
事件で争点となったのは表現の自由と信仰者への敬意の問題だ。偶像崇拝を禁止するイスラム教の最も中心にいる預言者ムハンマドを、似顔絵やイラストにする行為を繰り返した風刺週刊紙「シャルリエブド」を授業中に紹介する行為の是非が問われた。政府も世論も表現の自由を信仰者の尊厳を守るより優位に置き、パティ氏は英雄視された。
その背景にあるのが、フランスで増え続けるアラブ系移民問題だ。
2015年以降、イスラム過激派のテロの脅威にさらされてきたフランスは、人口の1割に迫るイスラム教徒と過激化する聖戦主義者の影響で、社会は不安定化している。特にリベラル化が進み、カトリックの影響力が過去最低になる一方、フランス人のアイデンティティーは大きく揺らいでいる。
フランスは9月に新学年を迎え、特に公立学校に丈の長いアラブ風の伝統衣装を着用して登校する生徒が増えた。問題になっているのは、女子向けのアバヤや男子向けのカミスと呼ばれるイスラムの衣服で、丈が長く全身を覆う点が特徴だ。04年に学校などの公共施設で、宗教を誇示する服装を禁止した法律が施行されているため、学校側は対応に苦慮している。
同法は、一定の宗教を標的とする法律は憲法に抵触するとして、治安面を考慮し、政教分離の観点から、信仰を強調する服飾品を公共の場で着用することを禁じた。結果的にイスラム女性がまとう顔を覆うスカーフのニカブ、全身を隠すブルカのような服装が禁止されたが、判断が曖昧で、今では公道でニカブやブルカの女性を見掛ける。
生徒が持ち込んだアバヤやカミスは、それ自体が宗教上の帰属を明らかにする印ではないとも言われ、アラブ世界では文化という理屈も成り立つ。そのため国民教育省は、禁止対象にするかどうかは、信仰上の印であるか否かを個別に判断すべきとの見解を出し、判断を現場に委ねている。
ところが現場は混乱しており、イスラム教徒でないフランス人の間からは「明らかにイスラム教を主張する服装で禁止すべきだ」という意見も出ている。そのため現場の教員や校長の解釈によらない明確な規則を政府が定めるべきとの声もある。この現象は明らかに在仏イスラム教徒の存在感が増していることを意味し、危機感を持つフランス人も多い。
そもそもフランスの服飾文化は、女性の美を強調することにあり、世界のファッション界をリードしてきた。男女共に肌を見せることや女性が顔を露出させること自体が教えに反するというイスラムの考えとは真逆だ。スカーフ着用禁止法を制定したサルコジ内相(当時、後に仏大統領)は「顔や体を隠す慣習は女性の表現の自由を奪う人権弾圧」と言っていた。
いずれにせよ、フランスでは過去のいかなる時期よりもイスラム文化が存在感を増しており、フランス人のアイデンティティーを揺るがしている。フランスをイスラム文化と従来のフランスに分ける分離主義が近年台頭しており、その葛藤はパティ氏殺害事件の追悼とともに、再び議論を巻き起こしている。



