プーチン露大統領、揺らぐ基盤 動員令発出後、70万人が国外へ

クリミア橋爆破で政権に動揺

8日、火災が発生し黒煙を上げる「クリミア橋:(AFP時事)

ロシアのプーチン大統領は9月21日、ウクライナに侵攻したロシア軍の劣勢を受け、予備役に対する部分動員令を発した。戦力補充が目的だったが、対象となる可能性のある人々数十万人が国外に脱出するという混乱を招いた。また、ショイグ国防相に政権内部から強烈な批判が飛び出すなど、政権の支持基盤に揺らぎがみられる。(繁田 善成)

ロシア人の多くがウクライナ侵攻を支持するが、そのロジックは以下のようになる。2014年のウクライナ騒乱(マイダン革命)で、親露派のヤヌコビッチ政権が武力によって打倒された。クーデターによって生まれた、現在のゼレンスキー大統領に至る親欧米政権に正統性はない。クーデターに異を唱えたウクライナ東部ドネツク、ルガンスク両州の親露派勢力は「分離主義者」とされ弾圧された。結果的に彼らは独立を宣言し、ミンスク合意により停戦の枠組みが決まった後も、親欧米政権は攻撃を行っている。

実際、ロシア政府の事実上の統制下にあるロシアのメディアは14年以降、ウクライナ政府軍がドネツク、ルガンスク両州を攻撃する様子を報じてきた。

だからこそロシアの人々は、クリミア併合を歓迎した。もともとロシア領だと思っているので、なおさらである。さらに、今回のウクライナ侵攻についても、ドネツク、ルガンスク両州の同胞を虐げ続けるゼレンスキー政権をやっつけるのは自然なこと、と考えている。

ただそれは、この戦争が、自らの生活と関わりがないことが大前提だ。ほぼ無血で行ったクリミア併合は当然として、今回のウクライナ侵攻でも、職業軍人である契約兵が戦っている限りは、特に文句はない。契約兵にも家族がいるが、ロシア政府は実際の戦死者数を隠蔽(いんぺい)しているとされ、大きな反発は出ていない。

プーチン大統領もこれをよく理解しており、パトルシェフ安全保障会議書記ら強硬派による再三の動員要求に応じなかった。しかし、ハリコフなどでのロシア軍敗退や、兵士不足の状況に直面し、迷った揚げ句、「部分的」という動員令に踏み切った。

その結果は見ての通りだ。動員の対象となり得る男性らは、われ先に国外に向かった。フォーブス誌ロシア語版はロシア大統領府筋の話として、発令から2週間で70万人が国外に脱出したと報じた。

ロシア政府は動員対象基準として、戦闘経験者など3項目を示したが、これが守られないケースが続発したことも、混乱に拍車を掛けた。学生や、基幹産業の従業員にも動員令状が届いており、経済活動にも打撃を与えつつある。

飛行機チケットは売り切れが続出した。陸路の国境検問には数キロの渋滞が発生し、通過に50時間から70時間かかることもあった。ロシア政府は急きょ、国境検問での動員令状の手渡しを始め、対象者の脱出阻止に躍起になっている。

動員された人々の扱いもひどいものである。迷彩服や防弾チョッキなどを自前で用意させられるケースも報じられた。軍は基本として毎年の徴兵数や定員に合わせ装備品の発注や備蓄を行っており、急な動員決定に対応できていない。ロシアはトルコに、軍の冬服50万着と防弾チョッキ20万着を発注したが、断られた。

そのような中で発生したのがクリミア大橋の爆破事件だ。クリミア併合後、同半島とロシア本土を直接結ぶ唯一の陸路として、プーチン政権の威信を懸けて建設された。

プーチン政権の動揺は大きく、報復としてウクライナ全土にミサイル攻撃を行ったが、戦略的には無意味だった。この攻撃によって、ロシア軍の劣勢が覆されることはない。

プーチン政権内で、ショイグ国防相に対する批判が高まっている。本来ならプーチン大統領に責任があるのだが、さすがに大統領批判はできないので、ショイグ国防相を批判する形だ。

政権内には、総動員によりウクライナを全面制圧すべきとする強硬派と、そうではない人々がいるが、どちらに対してもプーチン大統領は求心力を失いつつある。部分動員令により、若者を中心とした国民の離反を招きつつある。一方、プーチン政権下で多くの利益を得たオリガルヒ(新興財閥)らも、制裁によりビジネスに困難を来し、プーチン大統領を支持するうまみを失った。後戻りはできず、かといってこのまま進んでも、プーチン大統領には茨(いばら)の道が待っている。