
1月1日に就任したブラジルのルラ大統領が、左傾化路線を強めている。就任時には、保守派のボルソナロ前大統領に投票した多くの有権者も含めて「すべての国民を一つにする」と約束したが、左派色が強い中南米カリブ諸国共同体(CELAC)首脳会議への復帰や人工妊娠中絶に反対する「ジュネーブ合意宣言」からの脱退などを推進。一方、ボルソナロ氏に対し、1月8日の議会襲撃事件に関与した疑惑への追及を強めている。(サンパウロ・綾村 悟)
ルラ氏は先月24日、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催されたCELAC第7回首脳会議に出席した。CELACは、第1次ルラ政権時代の2011年にルラ氏が提唱し、反米左派の故チャベス・ベネズエラ大統領などに呼び掛けて発足した枠組みだ。
米国の影響力が強い米州機構(OAS)に代わるものとして期待され、キューバを含む中南米33カ国が参加。ボルソナロ前大統領は、左派色が強いCELAC首脳会談への参加を見送ってきた。
CELACのもう一つの特徴は、親中色が強いことだ。15年には、中国の北京でCELAC首脳会議が開催されたほか、今回の会議にも習近平国家主席がメッセージを送っている。
同首脳会議におけるルラ氏の存在感とアルゼンチンの左派フェルナンデス大統領と共に発表した共通通貨「スル」の発表は、前政権からの外交政策の転換を印象付けるのに十分だった。
また、ブラジル外務省は先月17日、「中絶に関して国際的に認められた権利はない」と主張する「ジュネーブ合意宣言」から脱退したことを発表した。同宣言は、トランプ前政権下の米国とブラジルなどが共同提案したもので、ボルソナロ前政権は20年10月にエジプトなど30カ国と共に署名していた。
人工妊娠中絶に関しては、宗教的な観点から中絶を殺人と捉える「プロライフ」派と、女性の権利としての中絶容認を訴える「プロチョイス」派による論争が繰り広げられてきた。ブラジルでは一部の例外を除いて中絶が違法とされている。
昨年10月の大統領選挙では、中絶問題も争点の一つとなった。保守派でキリスト教福音派からの支持が厚いボルソナロ氏が「反中絶」を掲げる一方、ルラ氏は「中絶合法化」を主張していた。
さらに、ルラ政権は、チリとパナマ政府が20年に結んだ「サンチアゴ憲章」に参加することを発表した。同憲章には、中絶権やジェンダー平等、多様性の推進などが盛り込まれている。
一方、ボルソナロ前政権に対しては、ルラ政権と司法当局が、1月8日のボルソナロ氏支持派約4千人による議会襲撃事件への関与疑惑を追及している。大手週刊誌が今月2日、上院議員の1人がボルソナロ氏から政変計画に加担するように求められたと証言し、激震が走った。
ボルソナロ前政権を巡っては、アマゾン熱帯雨林の先住民居住区で違法な鉱山開発を見逃してきたとの批判も出ている。金の違法採掘で大量に使用された水銀が先住民族が利用する河川を汚染し、多くの先住民が水銀中毒や汚染による食料不足で飢餓に苦しんでいるとの報道が広がっている。
現在、米フロリダ州に滞在しているボルソナロ氏が帰国すれば、議会襲撃事件への関与などの容疑で逮捕される可能性も浮上している。
こうした中、ボルソナロ氏が所属する自由党(PL)は、次期大統領選挙でボルソナロ氏に代わる保守派候補の擁立を検討しているとの報道もある。ただ、ボルソナロ氏ほど保守派内で求心力を持つ政治家は見当たらないのが現状でもある。



