
背景に社会の保守化
南米の大国ブラジルで30日、大統領選挙の決選投票が行われる。「南米のトランプ」とも呼ばれる保守派の現職ボルソナロ大統領と左派のカリスマ、ルラ元大統領による激しい選挙戦が繰り広げられている。ルラ候補が絶対的な有利にあると言われる中でボルソナロ氏は善戦し、ボルソナロ派も国会議員・知事選挙で躍進した。仮にルラ氏が決選投票で勝利しても、ボルソナロ氏の影響力は今後も無視できないものとなっている。(サンパウロ・綾村悟)
今月2日に行われたブラジル大統領選挙の1次投票は、世論調査通りに進んでいれば、ルラ氏が過半数を制して圧勝に終わるはずだった。ところが、投票終了後に、電子投票機から即時集計された得票数が伝わり始めると、驚くような数字がメディアを通じて流れ始めた。
「ボルソナロ候補優勢」。有権者やメディア関係者だけでなく、ルラ、ボルソナロ両陣営さえも驚くような数字が出てきたのだ。
開票20%の時点で、ボルソナロ氏の得票率48%に対してルラ氏は43%、開票当初はボルソナロ氏が健闘していた南部や南東部の開票が多かったとはいえ、想定外の出来事だった。
最終的には、ルラ氏が48%、ボルソナロ氏は43%だったが、多くの世論調査が10~17%の支持率差でルラ氏の圧倒的な優勢を伝えていたものとは大きく懸け離れた結果となった。
驚かされたのは、ボルソナロ氏の得票率だけではない。大統領選挙と同時に行われた国会議員選挙(上下院)と知事・市長選挙においても、ボルソナロ氏が所属する自由党(PL)は、下院で99議席、上院で13議席を獲得し、両院で第1党となった。サンパウロやリオデジャネイロなどの大票田を抱える知事・市長選挙でもボルソナロ派が善戦、ブラジルの政治勢力図を塗り替える結果となった。
世論調査が外れた理由としては、ボルソナロ氏が導入した貧困層向けの社会保障政策の効果や、インフレが落ち着き始めたこと、対面式や電話調査による世論調査でボルソナロ支持を言い出せない有権者が多くいたことなど、複合的な根拠が挙げられている。
ただし、それだけでは国会議員選挙や知事・市長選挙におけるボルソナロ派の躍進は説明できない。ボルソナロ政権で農務大臣を務めたテレザ氏は、上院議員選挙で7割近い得票で当選し、関係者を驚かせた。
こうした中、専門家からは「ブラジル社会の保守化」をボルソナロ氏が健闘している要因として挙げる声が上がっている。
ボルソナロ氏はカトリック教徒だが、支持基盤には保守的なキリスト教福音派や農業団体などがついている。ボルソナロ氏の妻、ミシェル夫人は敬虔(けいけん)な福音派教徒として知られ、福音派の集会でボルソナロ夫妻が選挙応援を要請する姿は、今回の選挙でよく見られる光景だ。
ブラジルの福音派は、この30年でブラジルの総人口に占める割合が5%から30%へと大きく伸びた。国会でも、超党派の福音派議員団は大きな影響力を持っており、キャスチングボートを握る存在だ。ボルソナロ氏は人工妊娠中絶や同性婚に反対しており、この点でも福音派が同氏を応援する要因となっている。ルラ氏が所属する労働党は、同性婚やジェンダー教育推進を支援してきた立場だ。
福音派の中にも、ボルソナロ氏の暴言癖を嫌い、ルラ氏への投票を表明する有権者も少なくない。一方、数百万人のフォロワーを持つ福音派の著名牧師が、SNSなどを通じて「(ボルソナロ氏への好き嫌いではなく)イデオロギーの問題として捉えてほしい」とボルソナロ氏への投票を呼び掛けている。
30日の決選投票でルラ氏が当選したとしても、ルラ氏には厳しい政権運営が待ち構える。
ボルソナロ氏が所属する自由党は、協力する政党を合わせれば、ルラ氏にとって貧困層支援の財源確保に向けた憲法修正などを阻む大きな抵抗勢力となる。地方においても、ボルソナロ派の影響力は強く、「ボルソナロ主義」は、大統領選挙の行方にかかわらずブラジルに根付いたものとなりつつあるのが現状だ。



