
懸念される次期大統領の過激公約
南米コロンビアで来月7日、同国初の左派政権が発足する。親米保守政権が続いてきたコロンビアは、米国にとって南米への影響力行使の基点として欠かせない存在だった。「左傾化の波」が中南米で吹き荒れる中、コロンビアでの左派政権誕生は、中南米地域の地政学にも大きな影響を与えかねない。(サンパウロ・綾村 悟)
今月22日、バイデン米大統領の特使として、ジョナサン・ファイナー国家安全保障担当副大統領補佐官をはじめとする代表団がコロンビアを訪問、グスタボ・ペトロ次期大統領と会談を行った。
米政府が新政権発足前の中南米の国にハイレベル代表団を送ることはまれだ。長年、親米政権が続いてきたコロンビアで初の左派政権が誕生することに対し、米国が地域における影響力低下を懸念していることが分かる。
会談では、両国間の長年の懸案となってきた麻薬問題や環境問題、さらに経済関係などが話し合われた。米政府としては、過激な公約を次々と打ち出してきたペトロ氏との関係構築を求めた形だ。
近年のコロンビアは、資源輸出拡大などによる経済成長が続いた後、新型コロナウイルス禍で経済情勢が急速に悪化して貧困が拡大し、国民の不満が高まっていた。
さらに、ドゥケ政権が昨年初めに打ち出した増税案は、全国規模の反政府デモに発展。政権支持率は低迷し、貧富の格差や蔓延(まんえん)する政治汚職に対して、有権者は変化を求めた。
こうした中、ペトロ氏が大統領選挙で公約として掲げたのは、親米で自由貿易を推進し、南米唯一の北大西洋条約機構(NATO)グローバルパートナーでもあるコロンビアの立ち位置を大きく変えるものだ。
ペトロ氏は、隣国の反米左派ベネズエラとの国交回復や、中断している左派武装ゲリラ・民族解放軍(ELN)との和平交渉再開に言及。長年の懸案となっているコカインなどの麻薬密輸問題に関しては、麻薬の合法化にも触れた。
選挙戦では、富裕層や企業への増税による貧困・格差問題の是正を訴え、地方や貧困層、学生を中心に幅広い支持を獲得した。
さらに、環境保護派としてコロンビアの主要輸出品である原油や石炭の新規開発停止を公約に掲げた。自由貿易にも反対の立場を取り、既存の自由貿易協定(FTA)の再交渉も視野に入れていると言われる。
公約の多くは、ペトロ氏が左派ゲリラ「M―19(4月19日運動)」出身という背景にも根差すものだ。ただ、同氏が掲げる公約は、議会で多数派を占める野党の反対に遭う可能性が高い。
また、脱炭素化を目指すペトロ氏だが、実際に石油や石炭など天然資源の新規採掘などを凍結すれば、コロンビアの外貨収入と経済に深刻な打撃を与えかねない。石油と石炭は、コロンビアの総輸出額の3割以上を占めており、国家歳入の8%にも相当する。
投資家の不安は、コロンビア通貨の歴史的な下落に現れており、ペトロ氏は懸念を払拭(ふっしょく)すべく、次期財務・公債相に金融界から信頼の高いホセ・アントニオ・オカンポ元国連事務次長を指名した。
コロンビアの有権者の多くは、ペトロ氏に左派イデオロギーに基づく「革命」を期待しているわけではなく、あくまで汚職政治や貧困から抜け出すことを求めており、経済成長は支持率の維持のためにも欠かせないものだ。
一方、ブラジルでは、10月に大統領選挙が行われる。世論調査では、左派のカリスマ政治家として知られるルラ元大統領が、保守派の現職ボルソナロ氏に支持率で大きく差をつけている。ルラ氏の在任時に、ブラジルでは資源貿易などを通じて中国との関係が強化された。中国とブラジルの協力関係は宇宙開発にまで及んでいる。
コロンビアと南米の大国ブラジルに相次いで左派政権が誕生することになれば、中南米地域で米国の影響力が大きく後退し、中露がその存在感を強めることにもなりかねない。



