
米比防衛協力強化協定(EDCA)に基づき米軍がフィリピン国内の基地施設を利用する準備が着々と進む中、中国が苛(いら)立ちを隠せない。駐比中国大使が、比政府を恫喝(どうかつ)するような発言をし、反発が広がった。一方、中国外相と会談したマルコス大統領は、ホットラインの増設で合意するなど、中国への配慮も続ける。(マニラ・福島純一)
駐比中国大使の黄渓連氏の発言が物議を醸している。黄氏は14日に開催されたフォーラムの席で「台湾にいる15万人のフィリピン人労働者を心配するなら台湾独立に明確に反対することを勧める」と述べ、EDCAに基づき米軍が比国内にある台湾海峡近くの軍事基地を利用することに対し強い反発を表明した。
この恫喝のような発言に対し比国内で反発が広がり、ホンティベロス上院議員は、フィリピンは台湾の人々の自治権を尊重し独立問題には干渉しないと述べた上で、「恥ずべき発言」をした黄氏を召還するよう中国に伝えるべきだと政府に要請。さらに「周辺の小国をいじめて威嚇し続け混乱を引き起こしているのは中国である」と痛烈に批判した。また中国大使館前では黄氏の召還と謝罪を求める市民団体がデモ集会を開催した。
一方、中国大使館は黄氏の発言に関して、「発言が誤って引用されている」と弁明。マルコス大統領は黄氏の発言に「少し驚いた」としながらも、翻訳の問題である可能性を指摘するなど、大ごとにはしない姿勢を見せた。
そんな中、22日には中国の秦剛国務委員兼外相が就任後初めてフィリピンを訪問しマルコス氏と会談した。マルコス氏は黄氏の件には直接言及しなかったが、「秦外相との会談は非常に有益で生産的であり問題を解決できた」と述べ、最近の両国間で起きた問題はあくまでも誤解によるものだと強調。中国の面子(めんつ)に配慮を示した。また、南シナ海で問題が発生した際に両国間で迅速に問題解決が図れるよう、ホットラインを増やすことで合意したことを明らかにした。
秦氏の訪問は、1万7000人以上の兵士が参加し過去最大規模となった米比合同軍事演習「バリカタン」が実施されている真っ最中に行われており、比政府への威嚇の意味があることは明らかだ。中国外務省の汪文斌報道官はバリカタンについて「米国とフィリピンの軍事協力は南シナ海の紛争に干渉してはならず、中国の主権を損なってはならない」と警告を発していた。
このような緊張の高まりを受け比政府は、台湾有事に備え15万人に達する在台フィリピン人の避難計画を策定している。ガルベス国防相は、台湾に最も近いEDCA施設を利用してフィリピン人を避難させるプランを明らかにした。しかしこれだけの人数を移動させるだけの船舶を海軍や沿岸警備隊が所有していないなど課題は多く、有事が起きれば混乱は必至だ。
26日に南シナ海に面したサンバレス州で実施されたバリカタンの実弾演習を視察したマルコス氏は「米国との軍事演習は国にとって有益であると」と声明を発表し、今後も米国との協力関係を強化する姿勢を鮮明にした。
マルコス氏は今後も米国との安全保障と中国との経済関係を同時に追求するバランス外交を続けるとみられる。しかし中国の南シナ海への進出や台湾問題の激化で、米国との軍事関係を緊密にせざるを得ない状況もあり、より厳しい判断を迫られる可能性もある。



