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感動の余韻がまだ残っている。むろん「侍ジャパン」のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)優勝である。その瞬間、米フロリダ州マイアミの野球場「ローンデポ・パーク」の至る所で日の丸がはためいていた。この光景が元巨人監督の長嶋茂雄さんの顔と重なった。
日の丸を巡って長嶋さんには「燃える男」ならではの逸話がある。東海岸のマイアミから約3700㌔離れた西海岸のロサンゼルスで五輪が開かれたのは1984年のことだ。長嶋さんは新聞の特派員として現地を取材した。
そこでの光景に大いに憤った。「日本人は、あまりにも日の丸に愛着がなさ過ぎる」と。競技会場に日本人が多数いても日の丸の小旗を持っている人はわずかだった。それでレスリング会場では、長嶋さん自身が小旗を用意し、観戦に来た日本人に配った。
「そんな時代もあったね」と、マイアミの光景で懐かしく思い出す。五輪やサッカーのワールドカップ、そしてWBCを通じて日本人は国際社会での国旗国歌の意味を確実に学んできたように思う。
それに反比例して、反日の丸闘争で知られる日教組の加入率は、ロス五輪当時は約50%だったが、昨年は約20%にまで落ち込んだ。そんなニュースが3月に小さく報じられていた。もはや相手にされない。
それにしてもWBCのお祭り騒ぎに長嶋さんの顔が見えないのは寂しい。闘病中とお聞きする。一日も早いご回復を祈念したい。



