【上昇気流】(2022年12月17日)

オランダの哲学者スピノザ(Wikipediaより)

こんな思春期を過ごした人は、どのような人生を歩むだろうか。――父は3度結婚し、3度とも妻に先立たれた。その2度目の妻が彼の母だが、6歳の時に亡くなり、兄は17歳、姉は19歳、継母(父の3度目の妻)は20歳、父は22歳の時に亡くなった。

17世紀のオランダの哲学者スピノザのことである。ふつうは不幸な家に生まれれば自らを呪うかもしれない。しかし、彼は人間とは何か、神はいかなる存在かと真理を求めた。

先祖はスペインから迫害を逃れてポルトガルに移住したユダヤ人で、父はそこで生まれた。彼らは各地で異端審問にさらされ、キリスト教徒に強制改宗させられたが、内面ではユダヤの慣習に従ったので「マラノ」(豚のこと)と蔑まれた▼一家はオランダに移り、スピノザはアムステルダムで生まれた。7歳の時にユダヤ人の学校「生命樹学院」に入って16歳まで徹底したユダヤ教の教育を受け、後に独自の思想を展開してユダヤ教から破門された。

スピノザが有していたのは「破門に屈せず同胞たちから離れて孤独になろうとした勇気であり、ユダヤ教、キリスト教にあきたらず、彼自身の宗教を築こうとする創造性を持っていたことである」(工藤喜作著『スピノザ』講談社)。

新聞の書評欄にスピノザを巡る新著が紹介されていたので彼の人生を想起した。いつの時代にも迫害される人がいる。それを克服するところに歴史の扉が開かれると思うのである。