【上昇気流】(2022年7月13日)

シェークスピア像

シェークスピア作『リア王』。グロスター伯爵が自殺する場面で観客が笑う。「無性に腹が立つ。人が死のうとしているのがそんなに可笑しいか」と、主役のリア王を演じた俳優の山崎努さんが『俳優のノート』(文春文庫)という本の中で怒っている。

山崎さんは「我々演技者全員の責任」と言うが、そこのところは分かりにくい。責任が演技者にあるとは思えないからだ。稽古はキッチリやってきた。関係者間での食い違いもあったが、そこは何とか乗り越えた。

当たり前のことだが、稽古の場面に観客はいない。実際に上演された時に、俳優は初めて観客に直面する。そこで、自殺の場面で笑うという想定外の事態に出合う。名優といえども当惑する。その気持ちがこの本の中では率直に記述されている。

特に若い観客は、自殺の場面に耐えられないのだろう。はっきり言えば『リア王』の作品力がしんどいのだ。だから笑うしかない。

この芝居が山崎さん主演で新国立劇場で上演されたのは1998年。四半世紀も前のことだ。事態はますます加速して、令和の今、観客の笑いはもっと多くなるだろう。

そう言えば、シェークスピア劇が上演される機会も減ってしまった。笑いのポイントも含めて、演劇の質そのものが大きく変容したようだ。文化、社会、歴史の全体が急激に変わった。今後も、こうした流れはどんどん進行するだろう。際どい変わり目を現場で体感した俳優の証言は貴重だ。