【上昇気流】(2023年4月9日)

八重桜

「春愁や草を歩けば草青く」(青木月斗)。近所の公園に植えられた八重桜がいつの間にか満開になっていた。少しばかり立ち止まり見詰めていた。夕闇の中、静かなたたずまいで存在感を放っている。

南北に長い日本列島では、地域によって桜の開花期が違う。北へ行けば長い期間にわたって花見ができる。カメラマンの中には、桜前線を追い続ける人も。

八重桜はソメイヨシノが散ってから咲く花である。花びらがピンク色で、どこか王朝風な衣装を重ね着している印象だ。1本だけでも辺りを払う華やかさが目立つ。

八重桜と言っても、品種ではなく、八重に花びらを付ける桜の総称だという。ソメイヨシノは白さが清潔さやはかなさを感じさせる。それに対して、八重桜は春爛漫(らんまん)というイメージが漂う。

春の野山の草木は、生命を育み謳歌(おうか)するように青々としている。気持ちも閉ざされていたものから解放され、自由を得たように感じる。同時に、身体のだるさを感じたり眠気を催したりする季節でもある。俳句には「春愁」という季語がある。「春になると木々が芽吹き、うきうきと華やいだ気分になる反面、何となくもの憂い感じになる」(稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』)とある。

春は入学式や入社式などが行われ、今後への期待と不安が膨らむ旅立ちの季節でもある。春愁という季語は、そんな揺れ動く気分を表している。花としてはソメイヨシノよりも八重桜の方がふさわしい。