
韓国政府はこのほど北朝鮮の人権侵害事例をまとめた報告書を初めて公開した。目を引くのは公開処刑や人体実験など生命権が踏みにじられるケースが依然として続いていること。全土が巨大な収容所とも言える劣悪な実態は、改めて国際社会から指弾を受けそうだ。(ソウル・上田勇実、写真も)
報告書は、韓国に入国した脱北者508人が経験した北朝鮮における人権侵害事例に関する聞き取り調査に基づき作成された。2017年以降の6年間に陳述した内容のため、比較的最近の実態が反映されたと言える。韓国定着の脱北者は女性が7割以上を占めるが、508人の男女比はほぼ等しく、出身地域は中国との国境沿いに位置する両江道が約60%で圧倒的に多かった一方、首都・平壌出身も約11%に達し、極端な地域傾向を排除するものとなっている。
16年制定の北朝鮮人権法に基づき作成が始まったが、北朝鮮に迎合する文在寅政権下では一般公開が控えられ、北朝鮮に毅然(きぜん)とした態度で臨む尹錫悦政権の発足を機に公開されたとみられる。
報告書によると、20年以降の新型コロナウイルス感染拡大を受け、中朝国境封鎖措置が敷かれた中、越境しようとした者を警告なしに即時射殺せよという当局の方針が住民や国境警備隊に広く通知され、実際に射殺された住民もいたという。住民の国境往来に伴うコロナ感染拡大を恐れたためとはいえ、極端な人権侵害だ。
公開処刑に関する証言では、17年にある妊婦が自宅で踊る動画が外部に出回った際、その妊婦が金日成主席の肖像画を指さしたことが問題視され、思想的に不穏だという理由で公開処刑されたという。また18年には北東部の清津市で迷信・宗教に関わったという理由で18歳未満の未成年1人を含む2人が公開処刑された。「18歳未満と妊婦は死刑にできない」と明記した国内法(刑法)を無視する無謀な人権侵害行為だ。
人体実験に関する証言もある。北朝鮮では統合失調症などの精神疾患や知的障害のある人は「83号病院」「83号管理所」と呼ばれる精神病院に入院させられるが、そこでは人体実験が行われているという。
19年、北東部の咸鏡北道にある「49号病院」と呼ばれる地域の精神病院に「収容」されていた患者が、金正恩総書記の悪口を言いふらしていたことが原因で「83号」に移送され、人体実験の対象者になったという。
かつて国際司法裁判所の元判事をして「ナチスドイツによるアウシュビッツ収容所よりおぞましい」と言わせしめた北朝鮮の政治犯収容所についても証言が相次いだ。
まず収容所に強制収監させられる理由としては「3代世襲を批判し、指導者は交代し続けるべきだと言った」、「酒席で金日成・金正日政治は人民のためになっていないと言った」、「帰国事業で北朝鮮に渡った元在日朝鮮人の家族が体制批判した」などがあったという。
スパイ罪で収容所に送られるケースもあり、中には韓国側と生き別れになった離散家族を探し出そうとして「(韓国情報機関の)国家情報院のスパイとして働いた」という嫌疑をかけられた事例もあったという。
平安南道价川市にある「14号」と呼ばれる収容所は、処刑された金総書記の叔父、張成沢氏と「関連した者を収容する目的」で市内にある「18号」収容所の地域まで拡張されたという陳述もあったという。
報告書は拉北(拉致)被害者についても言及しているが、詳細情報は乏しかったようだ。
「(海で)操業中に拉致された漁師が平安南道陽徳郡に住んでいた」という陳述があったというが、知人の家を訪ねた時に偶然本人を目撃し、知人から拉致被害者であることを知らされたケースだった。
韓国保守政権時に脱北者を支援する南北ハナ財団の理事長を務めた孫光柱氏は、今回の報告書について「人権弾圧の度合がさらにひどくなっている印象を受ける。金正恩が体制維持に対する不安感を増幅させているのではないか」と述べた。



