AI時代にも通用する多くのヒント
.jpg)
2020年に96歳で亡くなった英文学者で言語学者、エッセイストの外山滋比古氏の『思考の整理学』(ちくま文庫)は、1983年の単行本での発売から今日まで読み継がれるロングセラーだ。帯には発売から2020年までの間に270万部売れ、全国の大学生に1番読まれた本とある。
これから本格的に学び、卒論を書いていこうという大学生が、手に取るのだろうが、ロングセラーであり続ける理由はなんだろう。よくある「論文書き方」などの技術的な内容ではなく、知と思考についてもっと基本的で本質的な態度を語っていることが、まずあるようだ。
その柱となっているのが、グライダーと飛行機の比喩。「人間にはグライダー能力と飛行機能力とがあり、受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者」という。「グライダー兼飛行機のような人間となるには、どういうことを心掛ければよいか」がこの本のテーマと述べ、「自分で翔べない人間はコンピューターに仕事を奪われる」と警告している。
アイデアと素材を得た時、それを創造的なものにしていくための、基本的な姿勢が、「醗酵」「寝させる」「触媒」「情報の“メタ化”」などの比喩やキーワードで語られる。
睡眠中、脳の働きによって、思考が整理されることや忘れることの効用なども語られる。「忘却のさまざま」では、さほど価値のないことは忘れ、どんな子細なことでも興味、関心のあることは忘れない。結局「忘れることは、この価値の区別、判断である」という。
こういった知識は脳科学が発達して最近よく語られるが、外山氏は中国の欧陽脩(おうようしゅう)が文章を作る時に優れた考えが良く浮かぶ場所「三上」に枕上などを挙げていることや自身の経験から実感していたようだ。
具体的な方法論を語る一方、専門の英文学からの挿話なども織り込まれているので、あくまでエッセーとして読めるのも魅力だ。
最後の項目が「コンピューター」。外山氏がこの本を書いたのはコンピューター時代の始まりの頃で、今は記憶と計算というグライダー能力だけでなく、思考する人工知能(AI)の時代だ。
それでも、同書には例えば、「汗のにおいのする思考がどんどん生まれてこなくてはいけない」など、これからの創造的な知や思考のヒントがちりばめられている。AI時代にも読み継がれる価値は十分あると思われる。
(特別編集委員・藤橋進)



