【東風西風】日本のシェークスピア近松

人形浄瑠璃

建て替えのため今年10月で閉館となる東京・三宅坂の国立劇場で、文楽のさよなら公演が行われている。近松名作集として近松門左衛門の代表作『心中天網島』『国性爺合戦』『女殺油地獄』が上演されている。『心中天網島』を観(み)たが、改めて近松は日本のシェークスピアだと思わせられた。

『心中天網島』は、享保5(1720)年に実際に大阪で起きた紙屋治兵衛と遊女小春との情死事件を元にして、事件発生から2カ月も経(た)たないうちに人形浄瑠璃に仕立て上げた。今でいう人々の週刊誌的な関心に応えたものではあるが、ドラマの中核に愛と義理の葛藤を据えることによって、深さと普遍性を持つものとなった。

情死へと突き進む、男女の愛の衝動だけでなく、治兵衛の妻おさんの夫を思う心や小春に対する義理立て、家族・親族との絡みなどを描くことによって、複眼的でよりリアルな作品となっている。

愛と義理のうち、愛・人情は今の人間でもそう違和感なく理解できる。しかしおさんが小春に示した義理立てなどは今のわれわれには簡単には理解できない。しかし当時の人々の中には、今より強く義理の観念が支配していた。それを近松は描いた。

ドラマとしての面白さ、人間観察の深さ、それらを詩的な浄瑠璃語りとして近松は作品化。シェークスピアは悲劇・喜劇とともに歴史劇を残したが、近松も世話物と時代物の2ジャンルを手掛けたという点でも似ている。

(普)