
年輩の男性ガイドはまるで伝道師だった――。名古屋市にあるトヨタ産業技術館を訪ねた時のことだ。ガイドに「お時間はいかほど取れますか」と聞かれ、「30分ほど」と答えると「分かりました。では……」と導かれた。
最初に案内されたのは、トヨタグループの創始者である豊田佐吉の最初の発明となる木製人力織機。「これは母親の苦労をいかに減らすか、その一心から発明したものです」。機械の仕組みだけでなく、発明の動機を熱っぽく語るさまが伝道師のように思えた。聞けば、トヨタOBとか。
同館の一角に「豊田綱領」が掲げられていた。佐吉の逝去5年後の1935年に子息の豊田喜一郎らが佐吉の考え方を成文化したものだという。
それは「上下一致、至誠業務に服し、産業報国の実を挙ぐべし」「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」「神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし」など5カ条から成る。
佐吉は報徳宗(二宮尊徳の教え)の熱心な信者だった。尊徳は「至誠の感ずるところ、天地も之が為に動く」とし、作為の道(人道)を教えた。トヨタ自動車の張富士夫元社長は「世界のトヨタ」が築かれたのは尊徳の精神がトヨタのDNAになっているからだと語っている(『文藝春秋』2005年1月号)。
それを体現した佐吉の孫の豊田章一郎トヨタ名誉会長が亡くなった。その報に接して、なぜか男性ガイドの顔つなが浮かんだ。作為の道で繋がっているからだろうか。



