【社説】LGBT法案 社会の混乱を招くだけだ

前首相秘書官の差別発言を受け、同性愛者など性的少数者(LGBT)への理解増進法案を巡る動きが与野党で活発化している。自民党内には「今国会で成立させなければ差別発言への批判が党に向かう」(閣僚経験者)との声も出ている。

しかし、党利党略で議論を進めれば、社会混乱を招き日本の将来を危うくする。拙速な法案提出は避けるべきだ。

逆差別を生む恐れも

法案の目的に「性的指向および性自認を理由とする差別は許されない」との文言がある。LGBT当事者の人権は尊重しなければならないが、法案には自民保守派から強い懸念が出ている。「性的指向」や「性自認」といった定義の曖昧な文言に加え、「差別は許されない」が入ると、拡大解釈を招き、訴訟の乱発や逆差別を生む恐れがあるからだ。学校における「理解増進」も謳(うた)っており、男女の性役割の曖昧化など教育現場の混乱も予想される。

特に心配なのは「性自認」を巡るトラブルだ。法が成立すれば、体は男性でも「女性」を自認する人(トランス女性)を「女性」として扱わなければ「差別」と認定されるだろう。トランス女性がトイレなど「女性の空間」を使用することを認めれば、女性の権利法益を奪うことになる。自己申告で性別変更を認めるなど、当事者の権利擁護が過剰に進む欧米では社会分断が深刻化する。日本もその轍(てつ)を踏むことになろう。

この懸念を発信する人たちに対しては、すでにSNSなどで「差別主義者」「ヘイト」のレッテル貼りが行われている。法の成立は「言論の自由」の抑圧を激化させる上、犯罪誘発の恐れもある。法案支持派は「杞憂(きゆう)」と一蹴するが果たしてそうか。

女装してトランス女性と偽り女性に性的暴行などを加えた大阪府の男が今月、準強制わいせつ罪で起訴された。複数の女性が被害に遭っているようだ。

自民党が7年前に作成した原案では「性自認」ではなく「性同一性」を使っていた。しかし、当事者の人権擁護に熱心な稲田朋美元防衛相らが中心となり、一昨年5月、与野党協議によって主観性の強い「性自認」に修正した。これに対し、保守派議員から強い反発が起き、最終的に「執行部預かり」となって国会提出が見送られた経緯がある。

「差別」の文言を削除した法が成立しても、さらなる法整備の要求が突き付けられるのは間違いない。立憲民主党の長妻昭政調会長は「理解増進法案は入り口にすぎない。本丸は差別解消法案だ」と強調している。しかし、本当の狙いは「同性婚」だ。当事者や支援者団体は同性婚が実現しなければ「差別が解消されたことにはならない」と主張している。「入り口」を開けることは、同性婚実現に大きく近づくことになるのである。

 首相は危険性を認識せよ

同性婚に対して岸田文雄首相は「社会が変わってしまう課題」としながらも、理解増進法案の議論を進めることを指示している。「(性の)多様性に寛容な社会の実現」という美しい文言に隠れ、法案が日本の社会を根本的に変える危険性をはらむことに、首相は気付くべきである。