戦争体験や昭和史と重ねる 出版相次ぐ小津安二郎本

映画美学から歴史研究まで

テーマや書き手も多様

ここ4年の内に出版された小津安二郎に関する主な本

来年没後60年、生誕120年を迎える映画監督・小津安二郎。黒澤明、溝口健二と並び日本映画の三大巨匠と言われるが、その中でも近年の国際的評価は最も高い。海外の研究者を含め、小津に関する研究書は既に多数出ているが、その後も毎年のように関連本が出版されている。

テーマも映画美学的なものから歴史や社会学の観点からの分析まで多様にあり、書き手も研究者、ジャーナリスト、そして一般の愛好家まで多様である。その中から、ここ数年間に出版された4冊を紹介する。

滝浪佑紀著『小津安二郎サイレント映画の美学』(2019年、慶應義塾大学出版会)は、『東京の合唱』『東京の女』など小津のサイレント作品が、エルンスト・ルビッチなどのハリウッド映画にどのような影響を受けたかを論じている。著者の滝浪氏は東大やシカゴ大学の大学院で映画メディアを専攻し、現在城西国際大学メディア学部准教授を務める。ショットごとの細かい分析から、小津がハリウッドの巨匠をいかに模倣しそれを自分のものとしていったかを明らかにしている。

尾形敏朗著『小津安二郎晩秋の味』(21年、河出書房新社)は、小津最後の作品となった『秋刀魚の味』をもじったタイトルだが、小津の晩年の心境にスポットを当てている。尾形氏は広告会社に勤務しながら映画評論を書いてきた人で、現在フリー。同書は映画雑誌『キネマ旬報』の連載を一冊にまとめたものだ。

中国戦線での従軍体験と戦死した盟友の映画監督・山中貞雄という二つの影を背負いながら戦後を生きた小津。その晩年の実像を作品、発言、証言から追っているが、その晩年は「小津的」なものに反旗を翻す大島渚など松竹ヌーベルバーグの新しい監督が台頭する時期でもあった。そんな中で「永遠に通じるものこそ常に新しい」という美学を貫いた小津の姿を描いている。

朱宇正著『小津映画の日常戦争をまたぐ歴史のなかで』(20年、名古屋大学出版会)は、家庭を舞台にするものの多い小津映画のさまざまな日常的生活の描写に潜む意味や背景を、作品の作られた時代との関わりから論じる。そして大戦をはさむ戦前から戦後の日本社会の変遷を浮かび上がらせている。

著者の朱氏は、韓国ソウル生まれで、ニューヨーク州立大学映画・メディア学科を卒業、英ウォーリック大学大学院で博士課程を修了し、現在は名古屋大学大学院の超域社会文化センター共同研究員。戦後の『晩春』や『麦秋』の中で、女性が家の中を活発に動くシーンにも、朱氏は女性の地位の変化を見て取る。本書は専門的な研究書だが、小津作品を観(み)る新たな観点が示され、結果、小津作品の新しい楽しみ方を提示してくれる。

気鋭の評論家・與那覇潤氏の『帝国の残影兵士・小津安二郎の昭和史』は、11年NTT出版から単行本として出されたものだが、このほど、文春学藝ライブラリーに収められた。

一兵士として中国大陸を転戦した小津だが、戦後、家族ドラマに専念し、戦争を直接的に作品で描くことはなかった。しかし与那覇氏は『東京物語』『東京暮色』などの作品を注意深く見てゆくと、戦争が深い影を落としているという観点で、掘り下げていくのである。

さまざまな分野の人たちが、多様な観点から語りたくなるものを小津作品は持っている。生誕120年にむけてこの動きは続くだろう。

(特別編集委員・藤橋進)