【上昇気流】(2022年12月31日)

「晩鐘」(Wikipediaより)

平原に夕べの鐘が鳴り響いてくると、農民夫婦は手を休め静かに祈る――。フランスの画家ミレーが油彩画「晩鐘」に描いた構図である。

首を垂れる妻の背後に教会の塔が小さく見えている。尖塔(せんとう)ではなさそうだが、高さはかなりありそうだ。鐘はそこで打たれている。

ゴシック建築の代表とされるドイツ・ケルンの「大聖堂」はその高さに圧倒される。かつてケルン市内を徒歩で巡ったことがあるが、どこに行っても大聖堂が目に入り、さながら位置情報だった。鐘が時を告げると、教会が時間と空間を支配していた中世の趣がした。

「晩鐘」では農民夫婦のみが描かれているが、平原では多くの人が夕べの祈りを捧(ささ)げていたはずである。そんな鐘の音に合わせて生活していた時代から、やがて懐中時計、そして腕時計が普及すると、時間は教会から離れ、個人化していった。

空間も同様。都市の高層建造物はさほど特徴がなく、シンボルとなる「塔」が見当たらない。うっかりすると、どこにいるのかが分からなくなり、慌ててスマートフォンの位置情報で確かめる破目に陥る。むろんスマホは各自所有。そんなわけで個人化に拍車が掛かっているように思えるのである。

唯一と言っていいほど国民が時間と空間を共有するのは大晦日(おおみそか)ではあるまいか。各地の寺院から除夜の鐘が鳴り渡り、カウントダウンで新年を迎え、初詣で祈る。このアイデンティティーを大切にしたい。良いお年を。