
北「核政策法」発表でソウル大教授
韓国の中で「核武装論」が台頭してきている。きっかけは北朝鮮の度重なるミサイル発射と予想される7次核実験だが、それでもまだ「対話によって何とかなる」との甘い認識があった。だがこれを完全に打ち砕いたのが北朝鮮の「核武力政策法」の発表だ。加えてロシアのウクライナ侵攻と中国の台湾統一野心で国際情勢ががらりと変わった。これに韓国論壇は敏感に反応した。
東亜日報が出す総合月刊誌新東亜(12月号)が「韓国核武装、まっとうな話なのか?」という特集を組んでいる。中でもこれまでメディア出演を避けてきた李(イ)根(グン)ソウル大教授の登場と発言内容は少なくない衝撃を与えた。
李教授は事実上、北朝鮮に核・ミサイル開発の時間的猶予を与えた左派文(ムン)在寅(ジェイン)政権で「機関長(韓国国際交流財団理事長)を務め“進歩的人士”に分類された」人物だ。「過去のコラムで、力よりも対話と経済交流をより優先する対北政策を強調するなど“太陽政策論者”」として知られていた。
その李氏が10月に自身のフェイスブックで「戦術核の導入に加えて独自の核武装が必要だ」と書いたのだ。転向声明とも受け取られた。
李教授が認識の転換を図ったのは北の「核政策法」やロシアがウクライナで、中国が台湾で「核使用を辞さない」と明言し「世界が核時代に入った」と認識したからである。
そこで保守論壇で出てきたのが「戦術核再配備」「拡大抑止」「北大西洋条約機構(NATO)型核武装」等々である。北朝鮮を核保有国と認識し、均衡を保とうとすれば、韓国側も何らかの核を保持しなければならない、という認識だ。
韓国の核武装は可能なのか。車(チャ)斗鉉(ドヒョン)峨山研究院研究室長は「対処すべき対価が大き過ぎる」と否定的だ。核拡散防止条約(NPT)体制下で韓国の核保有は事実上不可能だし、強行すれば米国との同盟関係に軋(きし)みが生じる。米軍の戦術核の韓国配備も議論を呼ぶだろう。
「核戦争を甘受してまで米国は韓国を守るか」と疑問を投げ掛けるのはソウル市立大の李(イ)昌威(チャンウィ)教授。これまでの30年間、クリントン大統領のジュネーブ合意、ブッシュ(子)大統領の6者会談、オバマ大統領の「戦略的忍耐」、トランプ大統領の「マッド戦略」と対朝交渉を続けてきたが、北朝鮮の非核化は進まないどころか、交渉の裏で核開発を進め「核保有国」を宣言するに至っている。
北が米本土にまで届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発に成功し、核弾頭を搭載できるようになった段階で、自身が攻撃を受ける危険を冒してまで韓国を守ってくれるかという疑問を韓国が感じだしたのだ。
核武装を考えれば課題は山積みで、議論百出状態だ。さらに問題を深刻にしているのは「世界が核時代に入った」という認識である。
ソウル大の李根教授に話を戻せば、李氏は北朝鮮だけを対象に核武装を考えてはいない。「対象はむしろ中国だ」という。中国は台湾を統一するだけでなく、「帝国」を拡張し、それが朝鮮半島にまで及ぶだろうと見通すからだ。
現在の世界は「既存の自由主義国際秩序を守ろうとする勢力とこれを変えようとする“現状変更勢力”」のせめぎ合いで、中露は後者だ。そして両国とも「帝国」の再興を企図している。帝国は基本的に地政学的であり、地政学は地理的要因、すなわち土地の確保に動く。周辺に脅威を与えていくというのである。
だから李氏は台湾情勢に注目する。「台湾で中国を抑止できなければアジアは終わりだ」と危機感を募らせる。「台湾有事は日本有事」と説いた故安倍晋三元首相の認識と一致する。
中国、北朝鮮の脅威に対応しようとすれば、日米との同盟・協力関係がもっと論じられてもいいものだが、同誌の特集で日本に言及したのは申(シン)範澈(ボムチョル)国防次官と李(イ)昌威(チャンウィ)ソウル市立大教授だけで、李教授は「日本の核武装」にまで言及している。おそらく喧々(けんけん)囂々(ごうごう)の議論になるであろう話題がさらりと述べられているところに、この議論が煮詰まっていないことを示している。尹(ユン)錫悦(ソンニョル)政権にこの状態をまとめて国の方針を打ち出せる力強さはまだ見いだせない。
(岩崎 哲)



