
沢木耕太郎が右翼少年・山口二矢(おとや)による浅沼稲次郎社会党委員長の刺殺事件(1960年)を描いた『テロルの決算』(文春文庫)は、79年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した沢木氏の出世作である。安倍晋三元首相の暗殺事件との関連で再読すると、共通する面、大きく異なる面などが浮かび上がってくる。
共通していると思わせるのは、どちらも偶然が重なった警備の一瞬の隙を突いて凶行が行われたことだ。安倍氏暗殺では、当初安倍氏の後方で警備に当たっていた奈良県警の警察官が、交通の妨げになるとの理由でその場を離れた、その隙に山上徹也容疑者が後方から近づき銃撃を行った。
一方、『テロルの決算』を読むと、浅沼委員長が刺殺された3党首立会演説会の会場、日比谷公会堂には、愛国党員が多数乗り込んでいたこともあり、丸の内警察署の私服警官30人が会場で警戒に当たっていた。丸の内署の署長も客席の前方に陣取り、何かあったらいつでも飛び出せるようにしていた。
愛国党員が壇上に駆け上がりビラをまくなど演説会は荒れ模様だった。山口二矢が、たまたま壇の前に置かれていた放送用機材を踏み台にして壇上に躍り上がった時、警備の警察官の動きを一瞬遅らせたのは、またビラをまこうとしているとの思いがかすめたからという。
『テロルの決算』はいま改めて読まれるべき作品である。
(晋)



