ボラもクジャクも空を飛ぶ
面白さ、美しさが伝わる作品

題名になった〈不思議な力〉は2014年に発表されたシリーズで、日常生活の中にあふれている不思議な力を、写真で捉えようとして始まった。その力とは重力や、磁力や、表面張力のことで、目には見えない力を実験的に可視化してきた。
《不思議な力#8》(2014年、アマナコレクション)はその一例で、少女が手にしたスプーンにリングがくっついている。スプーンを磁石でこすって磁力を表現したが、存在している世界の美しさ、面白さまで伝わってくる作品だ。
企画の打ち合わせが始まったのは5年前。野口さんは「この10年間で制作してきた近作と、新作を合わせて構成していきたいと思った」という。ほとんどの作品は身の回りで起きる現象がテーマだ。
《アオムシ》(2019年、映像作品)は、空中を浮遊しているアオムシの動きを捉えている。アオムシは糸につながっているのだが、糸はよく見えないために空中にとどまって、不思議な動きをしているように見える。
《クマンバチ#1》(2019年)も類似のテーマで、宮城県石巻市での撮影。そこは虫が多くて、自分をどう守るか困ってしまったという。弁当を食べているとクマンバチが来て退散。だが人を刺すことはめったにないと知ると、追い掛け始めた。激しく動く小さな虫をよく撮影できたものだ、と感心していると、使ったのは改造した胃カメラだという。
飛ぶものなど、重力から解放されて宙に浮いているものに引かれていき。展示作品の中に、海から飛び上がるボラと、空を飛んでいくクジャクを描いたドローイングがあった。これは夢の中の風景だそうだが、写真作品の中にボラが海からジャンプしている場面も、クジャクが海の上を飛んでいく場面もある。
「国東半島に行ったとき、ボラが飛んでいるのを見て、魚って飛ぶんだと知りました。ボラが飛んでいるところを撮りたくて、ボラを探す日々。海と淡水が交わるところで飛ぶ。グーグルマップで調べて探す旅を。一日中水面を見ながら待っていました。釣りよりも確率の低いことをやっていました」
探求心が作者を不思議な世界へと導いていった。クジャクが飛び立つ場面の連作も、海の上を飛んでいく場面もある。その姿は長く重そうな尾羽故に、美しいと言えるものではない。
「沖縄県の小浜島にリゾートホテルがあって、クジャクを飼って放し飼いにしていたのです。ところが嵐で小屋が壊れてクジャクが脱走し、島中で繁殖してしまいました。黒島、石垣島にも飛んで行って、増えたのです。ですから海でボラとクジャクが出合っているのも、あり得ないわけではありません」
野口さんの作品は、この世界が存在していることの不思議さと、その尽きない興味深さを、幼子のような心で伝えている。2023年1月22日まで。
(増子耕一)



