規律ある「エリザベス・ライン」 「歴史的出来事」に参席 30時間並ぶ

15日、ロンドンで、日が暮れても続く英国の弔問の行列(AFP時事)

英国人がこんなに忍耐強く、規律ある国民だとは思わなかった。35時間も列に並び、不平を言わず、ましてや暴動を起こすことなく、時には笑顔を見せながら待っているシーンは奇跡のように感じる。

ロンドンのテムズ川沿いにエリザベス女王の棺(ひつぎ)が安置されているウェストミンスターホールまで長い人々の列が続いている。それを見て驚かされた。さぞかし人々はイライラしているだろうと思ったが、列の人々は穏やかな表情で自分の番が来るのを待っている。英メディアはその人々の列を「エリザベス・ライン」と呼んでいる。

エリザベス女王は8日、スコットランド・バルモラル城で96歳で亡くなった。その棺はウェストミンスターホールに14日到着、そこで4日間安置されている。女王の国葬は19日午前11時(現地時間)、ウェストミンスター寺院で行われる。その日まで英国民はエリザベス女王に弔意を表明できる。

そこで英国各地ばかりか、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドなど英連邦からも女王に最後の別れを告げようと殺到してきているわけだ。その数は最終的には200万人を超えるだろうと推測されている。

上空から撮影した写真を見ると、エリザベス女王の棺が安置されているホールまで7㌔余りの長い列だ。ホールの棺に到着して弔意を表明するまで30時間以上かかるという。

最初に弔意を表した英国女性はテレビのインタビューで「数日前から弔問が始まるまで待っていた。少し疲れたが、満足している。歴史的な出来事に少しでも参与できて感謝している」と答えていた。長い列の中にいる別の女性は「自分は列をつくって待つことは好きではないが、今回は例外だ。多くの人々は静かに自分の番が来るのを待っている」と証言していた。

1時間でも待たされれば、一言不満を吐露したくなるものだが、BBCの報道をフォローしている限りでは、そのようなシーンは見当たらない。もちろん、数千人の警察官が列を見守っていることもあるが、列の人々は黙々と一歩一歩、女王の棺があるホールに向かっていることに満足しているのだ。パブでビールを飲みながら騒ぐのが大好きな英国民とは思えないほど、規律がある。「エリザベス・ラインの奇跡」と呼びたくなるほどだ。

「エリザベス・ライン」に並ぶ人々はなぜ長時間、数秒の弔意を表明するために列に並ぶのだろうか。テレビ放送では王室関係者やエキスパートから貴重な話も聞けるにもかかわらず、30時間、外で長い列に並んでいる。BBCはエリザベス女王がいかに国民から愛されてきたかの証明だ、と解説している。たぶん、そうだろうが、列の人が全てそうだとは思えない。

興味深い点は、列をつくる人々が頻繁に口にする「歴史的出来事に自分も参席したい」というコメントだ。同時代に生きてきた一人の人間として、時代を先導してきた女王の姿を一目見たい、歴史的な存在の女王と自分との間に何らかの接点を結びたい、といった思いがあるのかもしれない。歴史的出来事の瞬間、眠っていることはできない。会社を休んでも、その瞬間を自分も共有したい、というのだろう。「歴史的出来事」という言葉に人々の心は動かされ、長い列をも苦にならない。英国民は「歴史」を重視し、「歴史的出来事」をこよなく愛する人々なのかもしれない。(ウィーン・小川 敏)