
山岳遭難についての報告は、登頂成功の報告とともに書かれ続けていた。筆者が愛読してきたのも、山岳遭難についての著作。さまざまな事例があり、登山の立案や準備の参考にしてきた。
遭難を避けるにはどうすべきかを、教えられることが多かった。山のライター、羽根田治さんの著書『山はおそろしい』(幻冬舎新書)もそうした一冊で、ユニークな事例が集められている。
その中に、世相を表すような事例があって興味をひいた。キャンプ場での盗難事件だ。2019年9月の北アルプス雷鳥沢、標高2450メートルの室堂から1時間ほどで着くキャンプ場。周囲の山々の登山ベースとなる。
ここにテントを張った男性が、翌朝、必要なものだけを持って登山を開始。テントは張りっぱなし。ところが昼すぎに戻ってみると、テントがなくなっていた。シュラフ、エアーマット、ガスストーブ、ランタン、その他すべてがない。
盗難だった。後に、警察の手によって装備類は発見され、犯人も逮捕された。著者によれば、近年、山小屋や幕営地で、盗難に遭うという話が多く聞かれるようになったという。盗難はそれ自体が犯罪だが、盗まれたものによっては命に関わる事態を招くことにもなりかねない。
予防策はなく、「山男に悪人はいない」などと思わない方がいい、と著者は注意を促す。悪意が山にまで及びつつある現実で、人の理由で山がまた、恐ろしくなる。
(岳)



