
国家アイデンティティー探す鍵
韓国では1980年代ごろまでは新聞や書籍も漢字ハングル交じり文で書かれていたが、漢字は徐々に排除されていき、今では社会生活や教育の場ではすっかりハングル専用となり、むしろ漢字を理解する者がほとんどいなくなった。
しかし、漢字を解さないということは、漢文で残されている古典を読解できないということであり、韓国の知の系譜の断絶につながる。それだけでなく「東アジアの漢字文化圏という共同の文化と仏教・儒教という共通思惟(しい)体系」への理解が薄まっていくという負の側面が大きい。
新東亜(9月号)が「東洋学は韓国国家アイデンティティーを探す鍵」の記事を掲載した。壇国(タングク)大東洋学研究院の李(イ)在鈴(ジェリョン)院長に聞いている。
東洋学とはすなわち「韓国学」であると李院長は言う。韓国学は「言語・歴史・思想・文化など韓国人の全てのものを研究する」もので、その中で漢字は必須アイテムであり、漢文の読解能力は絶対必要なスキルとなる。
東洋学研究院の大きな業績は辞典編纂(へんさん)で、同院設立から「30年余りの作業を経て、2008年までに韓国だけで使われた漢字語を集めた『韓国漢字語辞典』4冊と、一般漢字と漢字語を集めた『漢韓大辞典』16冊の全20冊」を発行したという。「日本の『大漢和辞典』、台湾の『中文大辞典』、中国の『漢語大辞典』に続き発行された」ものだ。
東アジアの国々がそうであったように、近代化はまず日本が西洋の概念を日本語訳して、それを「重訳」して受け入れた。それが韓国で変化したのは1980年代で、「西洋から“直輸入”し」始め、そのことで「重訳に頼らない自分の目で日本と中国を眺めることができるようになった」と李院長は指摘する。
韓国で民族主義が強くなっていく時代と一致しており、自ら原文に当たることで、日中の文化的影響から離れて、韓国がアイデンティティーを発見していくことになる。辞典の編纂はそれを助けるもので、同時に周辺国を相対化して見ることができるようになったわけだ。
問題はこうした韓国学への「国家の支援」が少ないことだ。「研究費受注のための課題中心の研究」になりがちで、ただでさえ見捨てられたに等しい漢字をベースとする韓国学、東洋学への支援は見落とされがちになる。李院長は「国家生存のための問題」だと訴えるが、危機は深そうである。
(岩崎 哲)



