ペロシ米下院議長訪台 変化したパワーバランス

2日、台北・松山空港に到着したペロシ米下院議長(中央)=台北外交部(外務省)提供(EPA時事)

編集委員 池永 達夫
米国連邦議会のナンシー・ペロシ下院議長の訪台は、東アジアにおけるパワーバランスの変化をあぶり出した。

あぶり出した火は、ペロシ氏がマレーシアから台北に向かった航路と特派された米空母が台湾東部海域に陣取ったことだ。

ペロシ氏は2日、マレーシアのイスマイル・サブリ首相との会談を終えた後、クアラルンプールを出発し民間機で4時間半の航路を7時間かけて台北・松山空港に到着した。

忙しいスケジュールの中、2時間半遠回りしたのは安全を担保するためだ。南シナ海上空を飛べば最短距離となるものの、中国人民解放軍の軍事基地が点在する南シナ海を外し、友好国のマレーシアのボルネオ島やフィリピンの領空伝いに飛行した。

「棍棒(こんぼう)を携え、穏やかに話す」というのは、米大統領セオドア・ルーズベルトの棍棒外交のエッセンスだ。その棍棒外交が可能なのは、強固な意志と圧倒的戦力を有している場合だけだ。

今回は強固な意志こそ昔と変わらないものの、相手の持っている棍棒が少し大きくなったきらいがある。

相手の棍棒の実態は、実働体制にある「遼寧」「山東」といった2隻の中国空母ではない。カタパルトを装備せず、傾斜をつけたスキージャンプ台方式の飛行甲板から通常型航空機を発艦させる中国空母はそもそも米海軍の敵ではない。世界最強の米軍といえども脅威となるのは、防空システムを突破でき「空母キラー」の異名を持つ極超音速ミサイルや量子通信の実戦配備だ。

事実、8月1日の「建軍節(軍創設記念日)」を祝うため国営テレビ中国中央電視台は、極超音速ミサイル東風17とみられる発射映像を公開した。「米国の挑発に対し、人民解放軍はあらゆる手を尽くし対抗する」とのメッセージを込めたもようだ。

さらにパワーシフトの微妙な動きを感じさせたのは、急派された米空母の位置だ。

四半世紀前の台湾海峡危機の折、米軍は空母「ニミッツ」に2度、台湾海峡を航行させるとともに、空母「インディペンデンス」を台湾近海に急派した。この台湾海峡危機は、中国の江沢民政権が1996年3月の台湾初の総統直接選挙に圧力をかけるため、台湾の周辺海域でミサイル演習を繰り返したものだが、米軍の圧倒的戦力を目の当たりにして中国人民解放軍は矛を収めざるを得なかった。中国はミサイル威圧で、李登輝総統誕生を阻もうとしたが、総統選の結果は威圧に屈しなかった李登輝氏の圧勝となり、中国が投げた石は、自らの足の上に落ちた格好だった。

だが今回、ペロシ氏訪台に合わせ安全保障を担保するため、母港横須賀から急派された米空母ロナルド・レーガンは南シナ海にも台湾海峡にも入ることはなかった。空母が陣取ったのは台湾東南のバシー海峡だった。同空母にはミサイル駆逐艦「ヒギンズ」とミサイル巡洋艦「アンティータム」が伴った。

東からの航路で台北に着陸するペロシ氏の航空機を守る体制を組んだわけだが、台湾海峡や南シナ海上空の航路帯の安全を米軍が担保できないリスクがあることを、しっかり認識する必要がある。

無論、偶発的トラブルを排除するため、米軍が敢えて南シナ海と台湾海峡を外したことも考えられるが、少なくとも米国と同盟国の日本の役割が今後、ますます大きなものになり、その覚悟と強固な意志が問われてくることだけは確かだ。