
「虹の中雨飛び水晶岳聳ゆ」(岡田日郎)。俳句カレンダー(俳人協会刊)7月の面に掲載された夏を代表する句で、作者は山岳俳句の第一人者だ。その日は朝、北アルプスの野口五郎小屋を出発した。
あいにくの小雨模様で、振り返ると虹がかかっていて、その中に水晶岳が聳えていたという。水晶岳は北アルプスの最奥にあって、東へ延びる岩尾根をたどると東沢乗越を経て、真砂岳、野口五郎岳と続く。
作者は今年1月、89歳で逝去。俳人協会の顧問で「俳句文学館」3月5日号に深悼の記事が掲載された。「心持をきびしくして眼前の自然現象をじっと見る、じっと聞くことが俳句の基本」と説いた。
「俳句は美の追求」でもあった。作者は虹の水晶岳を見たが、この一帯は特有の自然現象を登山者らに体験させてきた所。その一人が「山と渓谷」元編集長の萩原浩司さんだ。1992年夏のこと。
『萩原編集長危機一髪!』(ヤマケイ新書)によると、萩原さんらは水晶小屋で一休みして、昼前に東沢乗越を通過中、雷鳴を聞く。遠雷で、視界は良好。いくばくかの不安を覚えただけだった。
が、雷雲は知らないところで巨大化し、遠雷が少し大きく聞こえた。突然、冷たい風が東沢谷に流れ込んできて風下の空で雲が生まれ、谷を埋め尽くす。もう雷雲の真っただ中で、大音響が響き、霧は稲光で黄色に。自然現象は奇想天外だ。登山は「心持をきびしくして」臨む必要がある。



