ASEAN、ウクライナ危機で西側と距離

台湾有事でも同構図再現? 日本の価値観外交、正念場に

5月12日、ワシントンで開幕した米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の特別首脳会議に参加したバイデン米大統領(中央)とASEAN首脳ら(EPA時事)

ウクライナ危機に関し、ロシアとの軍事的、経済的結び付きが強い東南アジア諸国連合(ASEAN)は、西側諸国が実施する制裁とは距離を置く。東アジアで懸念される台湾有事でも同じ構図が想定されることから、自由や法の支配を軸足に置いたわが国の価値観外交をASEANにどう展開できるか、課題となっている。(池永達夫)

ロシアのウクライナ侵略に対し、ASEAN諸国は国連の非難決議には賛成したものの、シンガポールを除き、ロシアへの強い非難は打ち出していない。

シンガポール政府は現在、国内の金融機関にロシアの銀行4行との取引を禁止するとともに、電子製品やコンピューター、武器の輸出も禁じている。金融センターを国家の存立基盤と位置付けるシンガポールにとって、思い切った英断だ。

ただ他のASEAN9カ国は、国益最優先の基本姿勢が顕著だ。

ASEAN諸国は、ロシアとの貿易取引など経済関係は強くはないものの、武器購入に関してはロシア製に頼る国が多い。特に旧ソ連時代から歴史的関係があるベトナムは、ロシア製兵器の“お得意さま”であり、ベトナム人民軍のロシア製装備への依存度はきわめて高い。ベトナムはロシアの装備輸出先として世界第5位、東南アジアでは首位を占める。

さらにミャンマーやマレーシア、インドネシアなどが、ロシア製武器を積極的に購入している。

例えばロシア製高額兵器に関し、2001年から20年間でベトナムはSU30戦闘機を28機、マレーシアは同機を18機、インドネシアは同機を11機、SU27戦闘機5機を購入している。

武器取引では運用期間が長いものも多く、メンテナンスやパーツ・弾薬などの補給作業も必須となるため、長期的関係の維持が問われてくる。また武器の廉価性など、ロシア依存を容易に解消できない事情もある。

なお冷戦時代から米と同盟関係にあるタイも、ロシアに対して厳しい制裁を打ち出していない。

国内の主要産業である観光では、ロシア人観光客が中国人観光客と同様、大きなウエートを占めている。

ロシア人に人気なのは、プーケットなど南国の解放感があるビーチリゾートだ。

コロナ禍で観光立国タイは大打撃を受けたが、早急に経済回復軌道に乗せるためにもロシアを敵に回したくないという、経済発展優先主義が前面に出る事情がある。

何よりタイのプラユット政権には、国民の求心力を維持できていないという危機感がある。

プラユット氏が陸軍司令官時代にクーデターを指揮した2014年から8年が経過した。そのプラユット氏が首相に就いている現政権に対し、野党や若者たちの改革要求が高まっている。

せんだって行われたバンコク都知事選挙では、野党に近い無所属候補が圧勝した。同選挙は来年予定される総選挙の前哨戦と見られていただけに、政権のショックは大きかった。これによってプラユット政権としては、自国経済の発展と政権の安定に力を注がざるを得なくなっていて、ウクライナ危機に積極的に関与していく余裕がないというのが実情だ。

西側諸国が実施するロシア制裁とは距離を置くASEAN諸国に対し、東アジアで懸念される台湾有事でも同じ構図が想定される。わが国の戦略外交路線となっている自由や法の支配を軸足に置いた価値観外交を、この地域にどうすり合わせて展開できるか、将来の流れをも決めかねない重要な課題となってきた。