“元日本人”学者の提言 日韓・日米韓の連携強化求める

陸自隊員(手前)とあいさつを交わす米海兵隊員 =2021年12月7日午後、青森県八戸市の陸上自衛隊八戸駐屯地

IPEFやクアッドには否定的

韓国・世宗大の保坂祐二教授といえば、日韓問題、特に竹島問題に関心を持つ人々の間で名の知れた“韓国人”である。日本名をそのまま名乗ってはいるが、同氏は韓国に帰化したれっきとした韓国人だ。竹島問題では日本批判の急先鋒(せんぽう)であるから、同氏を眺める日本側の視線には複雑なものがある。

尹(ユン)錫悦(ソンニョル)政権が誕生して、最悪と言われた日韓関係に回復の兆しが見えてきている。尹氏は選挙中から関係改善を主張し、大統領就任前には「政策協議代表団」を日本に派遣し、その意欲が本気であることを示した。

日本側も外相、防衛相、経済産業相と主要閣僚が応対し、岸田文雄首相も代表団に「25分間も」時間を割き、尹大統領の親書を受け取った。異例の待遇である。しかも、最近では韓国が最も毛嫌いしてきた安倍元首相をも表敬するなど、日韓双方に関係改善の空気が醸成されていることをうかがわせた。

保坂氏はそんな尹政権への「提言」を月刊中央(6月号)に寄せた。同氏の認識は、日韓関係改善がもっぱらバイデン米政権の後押しでなされている、という解釈である。

これには既視感がある。2014年3月オランダのハーグでオバマ米大統領が音頭を取って安倍首相と朴(パク)槿恵(クネ)大統領が同席したシーンだ。ぎこちなく韓国語で挨拶(あいさつ)する安倍首相を冷たくスルーした朴大統領が印象的だった。氷のように冷たい風が3人の間に吹いたことが画面を通じてすら感じられたものだ。

それに比べて、今日の状況は全く違う。韓国政府は最近、政策協議団に入っていた尹(ユン)徳敏(ドンミン)元国立外交院長を駐日大使に指名した。韓国国会の承認、日本政府の事前承認(アグレマン)と手続き待ちだが、これまでの大使と違って、すぐに信任状奉呈式や外相らとの面会が実現するだろう。

さて、保坂氏が主張するのは、米政府は東アジアの安全保障で日韓の役割を増大させるため、日韓関係、日米韓関係の回復・強化を図っているということだ。これに対して岸田首相も「日韓、日米韓の戦略的連携がかつてなく必要だ」と代表団に強調したが、それは北方領土、尖閣諸島と「日本をめぐる難しい国際情勢を念頭に置いた」からだと分析している。

日米安保条約では、たとえ中国が尖閣諸島に侵攻しても、米大統領は議会の承認がなければ米軍を投入することはできない。ロシアのウクライナ侵攻でバイデン大統領は最初から軍事介入を否定したが、このことは日本に安全保障を再考させた。

そこで、保坂氏は「アジアの紛争に韓国軍が動いてくれることを(岸田首相は)内心期待しているのだろう」と言う。これは大いに疑問である。さらに「日本側の胸の内は台湾、尖閣、北海道有事の際に備えて韓国軍と軍事協力をしたいということだ」とまで言う。

邪推もいいところだ。日本と韓国との間にはそもそも軍事協定はない。韓国軍が日本領土内での紛争に介入する根拠がないのである。いくらバイデン政権がそれを望んだところで、韓国が日本を守るために自軍を投入するはずもなく、また、日本が韓国軍の進入を許容するはずもない。

このような論法を展開すれば、韓国で保坂氏の出自が問題視されるのではないかと、要らぬ心配まで出てくる。

一方、対中包囲網を形成する中で、中国との経済的つながりに代わるアジアの経済協力体がインド太平洋経済枠組み(IPEF)だ。これはクアッド(日米豪印4カ国枠組み)とともに「中国の『一帯一路』戦略に対する対案」であり、日本はその中核メンバーになっている。そこで韓国はどうするのか、と保坂氏は問う。

ウクライナに関して「ブダペスト覚書」が何の力も発揮しなかったことを挙げて、「他国の言葉に無条件に従えばその国は滅びる」という在日ウクライナ政治学者グレンコ・アンドリー氏の指摘を引用する。

論理の重力に従えば、韓国はIPEFにもクアッドにも加わるな、と読める。その中でどうやって日米韓の連携強化を図ろうと言うのだろうか。尹政権は保坂氏の提言に耳を傾けるだろうか。

(岩崎 哲)