
ウクライナに侵攻したロシア軍が予想外の苦戦を強いられ、北部で退却が続いている。ロシアはウクライナ東部のドネツク、ルガンスク両州などを制圧した上で、対ナチス・ドイツ戦勝記念日である5月9日に「特別軍事作戦」に関する「勝利宣言」を表明するとの見方が出る一方、ロシアのメディアでは「ウクライナのファシスト、ナチストに完全勝利するまで戦うべき」との論調が目立ってきている。停戦の見通しは不透明なままだ。(繁田善成)
露軍がウクライナの首都キーウ周辺など、同国北部に展開していた部隊を退却させている。露軍はこれについて「目的を達成したために再編成を進めている」と主張する。「特別軍事作戦」の主要な目標はウクライナ東部であり、退却させた部隊は“おとり”だったのだという。
「キーウ陥落に失敗した」との米国の分析を否定するものだが、状況を見る限りロシアの主張はかなり苦しいといえるだろう。一方で、キーウ近郊のブチャなどで露軍が撤収した後、一般市民の拷問・虐殺遺体が多数発見された。ブチャだけで少なくとも410体に上る。
「ロシアによるジェノサイド(集団殺害)」だとウクライナのゼレンスキー大統領はじめ国際社会が激しく非難する中、プーチン露大統領は「ウクライナ当局による、乱暴で恥知らずな挑発だ」と主張。また、ラブロフ露外相は「捏造(ねつぞう)だ」とした上で、「交渉を破綻させようとする試みだ」とウクライナ側を批判した。
ラブロフ氏は、ブチャの虐殺を「捏造」とするスピーチの中で、ウクライナの親露独立派が実効支配するドネツク、ルガンスク両人民共和国の大幅な自治権を認めた2015年の「ミンスク2合意」に言及した。ロシアは同合意を支持していたが履行されず、ロシアがウクライナに侵攻した原因の一つとなった。また、ロシアが2月21日に両共和国の独立を承認したことで、合意は破棄された。
「ミンスク合意の運命を繰り返すことは許されない」とラブロフ氏は強調。だから露軍は停戦に合意してもウクライナに留(とど)まる、という。
このような条件で停戦協議がまとまることはないだろう。ロシアの独立系ジャーナリストらは「停戦で合意する考えはなく、ウクライナに勝利するまで戦争を続けるという意味だろう」と語る。
露軍が苦戦していることを受け、ロシアも総動員を行い徹底的に戦うべきだ、との論調も目立ってきた。ウクライナ・ドネツク共和国のイーゴリ・ストレリコフ元国防相はこう語る。
「経済を含めた総動員なしでは、ロシアはこの戦争に勝つことはできない。ウクライナは勝つ可能性がある。なぜなら、ウクライナはすでに総動員を行っている上、ウクライナが望むだけの兵器を(欧米から)与えられているからだ」「対露制裁は日々強化され、解除されることはない。停戦協定を結び戦闘を止め、軍の撤退を開始した場合、その瞬間からロシアの降伏が始まるだろう」
ロシアは5月9日、第2次世界大戦でナチス・ドイツに勝利した「対独戦勝記念日」を祝う。愛国心高揚の日であり、今年も赤の広場で祝賀式典を行うことが発表された。ウクライナ侵攻を「ネオナチとの戦い」と位置付けるプーチン氏は、ウクライナ東部を制圧し、同式典で戦果をアピールする構えとみられている。
これを踏まえ、ロシアはキーウ制圧をあきらめ、同国東部のドネツク・ルガンスク両州の占領などを目指す方針に切り替えた、との分析がある。しかし、両州制圧をもって侵攻を停止させるとは限らない。
北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は6日、ウクライナ全土の支配を目指すロシアの目標が変化したことを示す情報はなく、戦争が長期にわたって続く可能性を指摘した。クレムリンも総動員令の発令には躊躇(ちゅうちょ)している。だからこそメディアで御用学者や専門家に繰り返し語らせ、世論の動向を見つつ世論を導こうとしている、との見方が出ている。



