
米露の均衡が崩れる
ロシアによるウクライナ侵攻が2月24日に始まって以来、ロシア軍の攻撃は1カ月以上も続いている。両国による停戦交渉が行われているものの合意には至らず、長期化の様相を見せる。今回の戦争は国際政治および世界経済に大きな影響を与え続けており、成り行き次第では世界恐慌といった最悪のシナリオも考えられる。
そうした中で週刊ダイヤモンド(3月26日号)は地政学的観点を取り入れて今回のロシアの侵攻を分析した。特集のテーマは「地政学超入門」。有識者による地政学講座の他に、トヨタや三菱商事など企業など産業分野における地政学リスクについて論じる。
近年、地政学は覇権国家をランドパワー(大陸国家)とシーパワー(海洋国家)に分ける。ランドパワーの国は内陸に勢力を有し、シーパワーは制海権を握って勢力を拡大させていく。前者はロシア、中国、ドイツ、フランスがそれで、後者は米国、イギリスなどがそれに当たる。
こうした視点で今回のウクライナ侵攻を見ると、ダイヤモンド誌は、「世界の秩序は、海洋と大陸ですみ分けることで維持されるというのが地政学の分かりやすい考え方だ。…陸続きの領域を拡張したい大陸国家のロシアと、NATO(北大西洋条約機構)というネットワークでヨーロッパ大陸における影響力を維持したい米国。この両国の均衡が崩れたのが、ウクライナというロシアとNATO領域の間の『緩衝地帯』だった」と説明する。
ランドパワーとシーワパーの分類だが、ここ数年は中国がシーパワーとして海洋に進出し海洋国家としての覇権を広げようとしている。問題なのは、各国ではこうした地政学が一つの学問として研究されているにもかかわらず、日本では軍事研究を含めて地政学が学問としてタブー視されているきらいがあることだ。
核共有の議論を期待
一方、今回のダイヤモンド誌の特集の中で目を引いたのが二つあった。一つは安倍晋三元首相のインタビューであり、もう一つがイスラエル人歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の寄稿である。
安倍元首相は、「核共有の議論」について、「日本は拡大核抑止という形で、米国の核の傘にあります。しかし、ドイツの中に核が配備されているのと、日本国内には配備がなく米国本土にあるものに頼るということでは、抑止力においては大きい。だからNATOの5カ国は国内に米国の核を置く選択をしたのです。…NATOは核に関する技術情報も米国と共有しています。日本は一度も判断のプロセスについて米国と協議していません」として、さらに「私は核共有すべきだとは言っていません。核共有について説明し、その上で世界がどのように守られているのかということについて議論することをタブー視してはならないといっているのです」と語る。
具体的に戦争が頻繁化し、中国という覇権国家を抱える現実の中で、そうした議論さえも封じ込めようとする日本の風潮は明らかに異常と言わざるを得ない。
ロシアに大きな代償
一方、ハラリ氏はロシアの侵攻に善戦しているウクライナの人々にエールを送る。
「ロシアの戦車が1台破壊され、ロシア兵が1人倒されるごとに、ウクライナの人々は勇気づけられ抵抗する意欲が生まれる。そして、ウクライナ人が1人殺害されるたびに侵略者に対する彼らの憎しみが増す。憎しみほど醜い感情はない。だが、虐げられている国々にとって憎しみは秘宝のようなものだ。心の奥底にしまい込まれたこの宝は、何世代にもわたって抵抗の火を燃やし続けることができる」と説く。
先進諸国から経済制裁を受け孤立を深めるロシアは、たとえウクライナの一部を手に入れたとしても、その代償は自国の存在さえも揺るがすほど大きなものとなることを覚悟しておかなければならないだろう。
(湯朝 肇)



